今から十数年前 19歳のオレはプロのボディビルダーを目指しある国へ渡った 親も兄弟もないオレにとって故郷を捨てることは全く問題がなかった それからのオレの毎日はトレーニングだけだった 当然だが持ち金が底をつくのに時間はかからなかった
仕事を始めなくては食っていけない 言葉もままならないオレがやれる仕事はあるだろうか?
ジムのトレーナーに仕事の相談を持ちかけた
「お前の国の言葉を話せる客を紹介する」 「その客のパーソナルトレーナーとしてこのジムで指導すればいい」
そう言われたオレはその客を待った 現れたのは恰幅のいい50代の大男 トレーニングの必要などなさそうな筋肉の鎧をまとった身体をしていた その男の望みは
「痩せたい」
とのことだった 確かに筋肉質ではあるが少し腹が出ている その男の名はデイヴィス 会社を経営する52歳の紳士だ
オレは快諾した
その日から週三回オレはデイヴィスを指導し報酬を得た 大金ではないが部屋代と食事代には足りている トレーニング以外はデイヴィスの指導だけの毎日が過ぎて行ったある日 デイヴィスから夕食の誘いを受けた
「今日は娘の誕生日で親しい人を集めてパーティーがある」 「お前も来るか?」
新たな顧客を探すチャンスかもしれないと思ったオレは誘いを受けた デイヴィスの車に乗り一緒に家に向かった 途中の花屋で小さな花束を買った 今のオレにできる精一杯のプレゼントだ
家に着くとそこで待っていたのはデイヴィスの家族だけだった しかも娘の誕生日も嘘だった
「どうせ部屋に帰っても一人なんだろ?」 「たまには大勢の食事も悪くないぞ」
デイヴィスはそう言いながら笑った
この国に来てから友達もいない一人ぼっちのオレに気を遣ってくれたようだ 家族もみな笑顔で迎えてくれた 今まで味わったことのない団欒てやつだ
この出会いがオレの人生を変えてくれた
良い方向に進んだか? 悪い方向に進んだか?
今のオレにもまだわからない
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