朝から少し、雨が降っていた。日中の最高気温が25度。この時期の東京にしては、かなり涼しい。暑いのは苦手なので、出発前、それが一番心配だった。横浜駅からディズニー行きのバスに乗るつもりだったので、ホテルから横浜駅までタクシーに乗った。横浜に来た最大の目的はランドマークタワーに昇ることだったが、結局、花火大会のどさくさで、昇らずに横浜を離れることになった。タクシーは、恐らく何年か後に来たら、ビル群になっているだろう空き地を大きく回って、横浜駅へ向った。車中では、昨日の話で盛り上がっていた。彼女が「鼾、かいた?」って聞くんで「いや、全然。」と答えてはみたが、思い出して笑いがこみ上げてきた。「あっ!やっぱり鼾かいたんだ。もう!」2ヶ月も付き合ってるんで、毎日、鼾の音を聞いていたのだが、彼女は、まるで初めて聞かれたのかのように恥かしがった。二人だけでいるこの空間は心地良かった。二人の距離が縮み、二人の中に何か違う感情が生まれてきている感じがした。「あっ、ランドマーク!」タクシーがぐるっと回って、空き地の反対側にきた時、僕は彼女の座っている左側座席の窓越しに雨雲にけぶったランドマークを発見したのだった。彼女は僕の方を向いて鼾話で盛り上がっていたので、その声に驚いたように慌てて、ぐるりと向きを替え、僕の目線の先を見上げた。「ほんとだ。」どちらからともなく手を繋いでいた。「♪遠くのランドマーク♪」二人で小声で歌った。彼女の目が少しだけウルウルした。可愛かった。 僕らは、やっと(昨日、来たばかりなのにそんな感じだった。)ディズニーランドに降り立った。入り口で早速、記念撮影。この日の写真は一年後に現像するのだが、そこに写っていた僕の表情は、まるで、初めてディズニーに来た子供のようだった。自分のそんないい顔を何十年も見た事がなかった。多分、そんな顔をしたのは、ここに来れたからではなく、昨日からのことで、彼女との距離がすごく近づいたからだろう。 雨のせいか、場内は空いていた。昔、アメリカのディズニーランド行ったとき、一日で17アトラクションを回った。ガイドさんによると新記録だそうだ。しかも、スペースマウンテンは三回も乗った。彼女は、そのことを聞いていたので、その記録を破ろうといいだした。アメリカは前妻との新婚旅行で、まるで対抗意識のようだったので、彼女に従った。実は、旅行に行く少し前に、別の行きつけのスナックに連れて行った事がある。次に一人で行った時、そこのママが、「解ってる?彼女の気持ち?」「えっ、何が?」「彼女を見ながら話さないもんね。」「だって、ママと話してたでしょ?」「んもう!」粗忽な自分は、聞き流した。自分が気が付いたよりもずっと前から彼女の中で僕の存在は大きいものになっていたようだ。 空いていたこともあって次から次とアトラクションを回った。彼女は、僕の手をぐんぐん引っ張りながら、「はいはい!次行くよ!」まるで、愚図な子供を引率するように。休むことなく一日中遊んで、すでに辺りは真っ暗になっていた。パレードもそっちのけに、僕たちはアトラクションを回っていた。そして、スペースマウンテンにやってきた。「5回は乗るよ!」僕は乗り物にいっぱい乗って食傷ぎみだったので、かなり躊躇いながら「う、うん。」と言った。彼女は最高潮。乗りに乗っていた。もしかしたら年の差が出たのでは。こうして、埋められない歳の差を意識させられるのではと、少し落ち込んだ。スペースマウンテンもやっぱり空いていた。早くも二回目の席に着こうとした。一呼吸入れて、大きく息を吐いたときアームバーが降りてきた。「がしゃ!」丁度、お腹を引っ込めたとこで、アームバーが止まった。「うっ!」動き出した。殆ど息が出来ない。楽しむより苦しい。なんとかゴール。降りると直ぐに、「アームバーで、ベルトがお腹に食い込んで・・・。」彼女が思いっきり笑い出した。「ごめん。もう無理。」「えーえ!あっ、あはははっ、怖いんじゃないの?」「ん、そうだよ。怖いよ。アームバーが。」ちょっと苛立って言った。彼女はもっと思いっきり笑った。ディーズニーリゾート内にあるホテルに戻って、お腹を見た。すでに、1時間経っているのに、お腹にはくっきりベルトのバックルの赤い痕が着いたままだった。彼女は転げて笑った。話していても、思い出して、途中で「ぷわっ!わはははっ!」と噴出す。何回も噴出した。「ほんとに、お腹だったんだ。ぷゎっははははっ!そんなになってるって思わなかったから。」このエピソードは、それから、何回も何回も二人の話題に登って、その度に彼女は噴出して笑ったのだった。勿論、年の差の躊躇いなど、どこかに吹き飛んでいた。 次の日、ディズニーシーへ向った。二人とも初めてだった。朝のうち、小ぶりだったが、昼頃には、ざんざん振りになった。雨に加え平日だったので来園客は昨日よりも更にぐんと少なかった。傘を買おうか迷っていたが、水掛のアトラクションでずぶぬれになったので、「もう、いいな、傘。」それでも、気温が低めだったので、雨が体に浸みて少し寒くなった。「地中に行く、アースなんとかって言うアトラクションの地中に行くエレベーター、暑かったよね。」「そこで、乾かそう!」熱風が壁の下の方から吹いてくる。僕らはへばりついた。他の客が笑っていた。そんなこともしちゃえるのがここのいいところだ。少し、乾いたが、まだまだ濡れていたので、また乗ることにした。乾くまで乗り続けるつもりだった。乗り場のスタッフがにこっと笑った。三回目には僕たちの顔を覚えてしまったようだった。用意してくれていたかように、一番前の席に案内された。後ろに何組か乗ったらしいが、僕たちの目には入らなかった。貸し切り状態で、二人だけのアトラクションに思えた。もう、このアトラクションのどこに何があるのか、どこから、速くなるのか、完全に覚えてしまった。遂に、5回目になった。速くなるところで、自然とぐっとお腹に力を入れてしまったのだが、急に、昨日の痛みが蘇った。降りてから、見てみると、昨日のように赤くなっていた。このころ体重はピークの87キロあった。胴回り107センチ。堂々のデブだ。5回目でやっと乾いたので止めた。夜まで、ずっといっぱいアトラクションを回った。二人はすっかり手を繋ぐようになっていた。夢のような時間が過ぎた。「夢のような」って言う意味が始めて解った。僕たちはすっかりラブラブな若いカップルになりきっていた。夜になって、園内のきらきらとした明かりが、二人を包み込んだ。ディズニーアニメの「美女と野獣」の踊ってるシーンが頭を過ぎった。でも、野獣は、魔法が解けたら、ハンサムに戻るんだが、僕はそのまま。ただのじじい。頭の野獣を消しゴムで消して、「シュレック」に書き換えた。これなら、大丈夫。でも、彼女は、きれいな鼻筋に大きな目。164センチで、こだわりの9センチのヒールに長い足、お尻がきゅんと上がっていて、細めのジーンズがよく似合う。豊富な量の濃い黒髪で、背中の3分の2まで届くロン毛。雰囲気も含めて松嶋奈緒子に似ている。この風景に合うのは、やっぱり「美女と野獣」か。 夜になって雨が上がった。昨日は、雨にけぶって、あんまりよく見えなかった花火も、今日はきれいに見えた。これも、「美女と野獣」にあったシーンだ。園内での食事に、ミッキーがドラムを叩くショーを見て、ホテルに帰った。すっかり疲れていて、そのままベットに。お風呂に入る予定だったが、気がつくと朝だった。「いっぱい遊んだから、真っ直ぐ帰ろうか!」「そうだね。」もう、場所ではなく、二人でいる事が楽しかった。喧嘩するたびに言いあっていた旅行が終わったら別れようが、二人だけでいる空間の心地良さに逆に離れられなくなっていった。
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