すでに、付き合って、2月。気心は知れているとは言え、成田離婚(結婚してはいないが)で解るように旅行はまた、別物だ。綿密な計画など、アバウトな自分には、苦手だったので、旅行会社の担当者に、「最高の旅行にして!お金は、かかってもいい。」と任せた。 (後から、あんまり高いんで、文句を言ったのだが。) 旅の始まりは、ビジネスクラス。羽田から、浅草に直行。旅の始まりとしては修学旅行のようだが、前の会社の東京支店が近かったので、僕がよく行っていたので、彼女にも、色々話していた。それで、行ってみたかったのだろう。浅草で夕方まで遊んで、横浜へ。ランドマークタワーへ行って、レインボーブリッジの夕闇を体感して、夜は中華街で食事。お土産を買って、コンチネンタルに一泊。次の日は横浜からディズニーリゾートへ。連泊して、東京に戻って、お台場でゆりかもめ。そんな計画だった。 前夜、予定通り、彼女の部屋に泊まった。朝が苦手の彼女も、今日だけは、頑張って起きた。電車で空港に向い、一時間も早く搭乗手続きを済ませた。車で、近郊には出かけた事があるが、本格的な2人だけの旅行は初めてだ。夜、お酒が入って2人で過ごすのには、慣れているのだが、傍から見たら、単なる中年男性とホステスのお忍び不倫旅行。2人とも独身だし、何の気兼ねも要らないが、何かと周りの視線が気になる。ましてや、ディズニーランド。どうしていいのか、彼女が何にどんな反応をするのか、どうすれば、喜んでくれるのか、わからない。ここに来て、やっぱりやめておけばという気持ちが、こみあげていた。しかし、すでにサイは投げられたのだ。ここは男だ。どうなっても、なるようにしかならない。もう、隠す事なんかなにもない。自分らしく行こうと意を決した。 搭乗手続きが済んで、時間があったので、自然と手を繋いで歩き出した。飛行機に乗ってから解ったのだが、彼女は東京が始めてで、不安がいっぱいだったらしい。僕にとって飛行機は、日常的だったし、旅行はいっぱいしていた。そのなかでも、二十代にアメリカに2ヶ月ほど、グループで旅をしたのが一番の思い出。そのとき、突然、その旅行が蘇った。女の子、3人を含む11人のグループ旅行だった。北アメリカをホームステイしながら、縦断した。その旅自身は公的支援の公式行事付き研修旅行だったが、僕らは、ハチャメチャに旅行を、そして観光を楽しんだ。自由の女神像のところに行けば、皆で、自由の女神になりきり、ナイアガラの滝に行けば、皆で、映画のマリリンモンローになりきった。ロッキーに行けば、毛皮まで買いこんで、グリズリー(熊)になりきり、その時の写真は、今、見ても、笑える。なにしろ、騒いだ、楽しんだ。引率の公務員がはらはらし通しだった。 「ここは空港だから、JALダンスしよう!」「えっ!なにそれ?」2人で手を繋ぎ、リオ風にステップしながら、「JAL、JAL、JAL!JAL、JAL、JAL!!」「これから、行く先々で、ダンス、考えるから一緒に踊ろ!」「えーっ!!」少し、彼女は躊躇った。でも、無理やり、やり始めたら、暫くすると、意を決したように、彼女も「JAL、JAL、JAL!JAL、JAL、JAL!!」とやりだした。バカップルの誕生した瞬間だった。周りが訝しい視線を送ってきたが気にしない。視線に顔を少し赤くしていた彼女もやっているうちに、吹っ切れた。待合室でも、小さな声で、2人は、「JAL、JAL、JAL!JAL、JAL、JAL!」と言って、顔を見合わせて、笑った。実は、ビックリさせようと思って彼女には、旅行の概略しか教えてなかった。テレビの付いたゆったりシートのビジネスクラス。彼女は、札幌、岩手間しか飛行機に乗った事がないので、「やっぱり、東京行きは飛行機が違うね。」って言った。「これ、ビジネスクラスだよ。」一瞬彼女は、ビジネスクラスが、普通クラスだと思ったらしい。ビジネスホテルのビジネスと勘違いしたみたいだ。「普通は、エコノミーなんだけど。」「あっ、そうだよね。なんか違うと思った。」「ちょっと奮発したんだよ。」「知らないって怖いね。」一人で、くすくす笑っていた。初めての東京旅行で彼女が僕以上に緊張していた事が解った。 飛行機は、三十分遅れて、羽田に着いた。朝が早かったせいで、あまり寝ていないので、彼女はすでに疲れていた。「浅草、やめよっ!」「どうして?」何があったのかという目で僕を見た。「飛行機も遅れたし、横浜と反対方向だから浅草には、あんまりいられないよ。今度の旅行の一番の目的はディズニーだから、真っ直ぐホテルへ向おうよ!」「そうだね。」そう言って電車に乗った。暫くつり革にぶら下がって、2人で、これからの行き先のことを巡らしていた。「あっ!反対だ!」「えっ!何?」「浅草に向ってるっ!」2人で慌てて次の駅で降りた。ベンチに座って、地図を見た。ホームの向かいの電車に乗ってしまった。「ごめん。間違っちゃった。最初から失敗だね。」ちょっと落ちこんだ僕を見て彼女は笑った。「反対の電車に乗ればいいんでしょ?」「そうだけど。ほんと馬鹿だね。」「あははっ!私がなんにも知らないから、迷惑掛けるね。」「桂のせいじゃないよ。あっ!反対の電車、来た!」その電車が本当に横浜まで行くのかちょっと不安だったが、とりあえず乗った。暫くして、乗っていた人の半分が向いの電車に乗り換えた。僕たちは人にも聞けず、そのまま乗ってきた電車にいた。動かない。「あれ!もしかして向かいの電車かも?」発車直前に降りて、向かいの電車に飛び乗った。車内アナウンスは聞き取りにくかったが、急行で横浜行きと言っていたようだった。後から解ったのだが、そのままの電車は、そこから各駅停車だったらしい。どっちにしろ横浜には着けたので、問題はなかったのだが、はらはら。田舎もんであった。 みなとみらい駅から歩いてコンチネンタルホテルへ向った。結構距離はあったのだが、「あれが、ランドマークだよ!」高層のビル群に、おのぼりさん風にずっと上を見上げながら歩いた。今度の旅行で横浜に来ようとした理由があった。レミオロメンの「太陽の下」って言う歌に「ランドマーク」を2人で見上げる歌詞がある。僕はその歌が大好きでいつも歌っていた。彼女と「生のランドマークに上って、2人でこの歌歌おう!」っていうのが目的だった。相当ロマンチックだが、実は、横浜行きは中華街での中華料理も大いなる目的でもあった。幅広道路の緩やかな坂をちょっと足早に下って行ったところで、コンチネンタルの全貌が見えてきた。 半円型の大きさに圧倒されながら、ホテルへ向った。 来るとき、みなとみらい駅は大混雑だった。「流石、横浜だね。連休だから、こんなに込んでるんだね。」なんにも知らない僕たちは、ホテルの受付でその訳を知ることになる。「今日は、花火大会で、お一人、2千円で、海側のお部屋を用意できますが?」「へ〜、だったらそうしようか。」かつらがいつもの様に少し躊躇ってから、頷いた。実は、二日前、札幌で、浴衣のかつらと花火大会に行っていた。「どこで、やるんですか?」「山下公園です。」「中華街の方?夜、中華街に行く予定なんだけど。」「はい、花火大会は7時半位からですので、8時から9時は込むと思います。」部屋に入って、「先に中華街、行こうか?夜、かえって来れないかもしれないよ。」「そうだね。ここから花火、見えるもんね。」予約は8時だった。 まだ2時なのに、中華街は、人でいっぱいだった。僕らは、わき道から入って、目的のお店に向った。行列が出来ていた。彼女は嫌がったが、僕は人を掻き分け、中に入って店員に、「夜の予約なんだけど、昼間に変更できますか?」「出来るよ。少し待つけど、いいですか?」「どのくらい?」「30分くらいです。」{解った。お願いします。}携帯番号を教え、連絡を待つ間、近所をうろうろ。饅頭でもたべようと思っていたが、携帯は10分足らずでなった。慌てて店に戻ると、二階へ案内された。中華風の衝立に、ゆとりのある席。5組か6組入っていた。一階の喧騒とは打って変わって、違う時間が流れていた。かつらは、中華のフルコースが初めてだった。今まで見たことのない笑顔を見せた。「すごく、おいしい!」何回も言った。朝から、せわしかったので、やっと落ち着いたのだろう。そして、彼女の初めての東京への不安感が取り除かれたんだろう。ここまで歩いてくる道すがら、しがみ付いていた。手を離して少し先に行くと、少し大きめの声で、「何で先にいくの!」と何回も言っていた。僕は、それが面白くて、わざとやっていたのだが。追いついて、しがみ付くときの体をぴったり寄せてきて、すごい力でしがみつくのを楽しんでいた。彼女の顔を携帯ビデオで撮った。表情がすごくいいので、後から、何回見たか解らない。 お土産を送って、人の流れに逆行して、ホテルに戻った。夜は、部屋の窓から、コンビニで買ったお酒と肴で、花火大会と決め込んだ。13階。楕円になったほうが窓。出窓から下を見たら、いっぱいビニールシートが敷いてあった。暗くなって、ビニールシートは人で埋まった。早めにお風呂に入って、すっぽんぽんで、出窓に座って、宴会を始めながら、花火を待った。その前に、ちょっとエッチを試みたが、ベッドのスプリングが柔らかくて、どうしても弾んでしまう。そのうち、笑いとなって止めてしまった。「エッチは、いつでも出来るから」それはどっちが言ったか覚えていないが、二人の間にはもっとあったかい空気が流れていた。予定通りじゃない旅も、いいもんだと感じていた。だいぶ遅れて、花火は始まった。流石、横浜の海での花火。30分くらいで、札幌の花火大会全部分の花火がうち上がった。窓をびりびり揺らすクライマックスは、もっと先立ったのだが、かつらは、僕のふとももをまくらに、ぐーぐー寝てしまった。僕は花火を楽しみながら、かつらをそのままにしておいた。かなり疲れていたのは解っていた。その寝姿は、僕を信じきって着いて来たかわいい子犬のようで、すごく、いとおしかった。旅に出る前、よく喧嘩していたので、「きっと、旅行中に喧嘩して、帰ってきたら別れるんね。」と2人で言っていた。それが、今、僕の中にいて、安堵して眠っている。それまで、彼女と一緒にと考えた事もなかったが、その時、心の奥底から湧き上がるのを覚えた。「ありえない!ありえない!だって、27歳の年の差。誰も許してはくれない。」湧き上がるのを抑えて、「思い出、思い出、思い出旅行!」旅行を計画したときから、「旅行までは付き合おう。」と彼女にも言っていた。喧嘩をするはずの旅先で、真逆の気持ちが僕を包み込んでいた。 結局、彼女は窓が激しく揺れたことも、花火大会が終わったことも知らずに、寝込んでいた。僕は、少し痺れた足を床に下ろして、彼女をベッドまで、お姫様だっこで運んだ。ベッドで、彼女にキスをしたが、まもなく、また、鼾が始まった。おかしくてしょうがなかった。恐らく、この後2年かけて、一生懸命二人で紡いだ愛の始まりだったのだろう。そして、そのドラの音は残念ながら、ロマンチックでもなんでもない鼾の音であったのだが。
|
|