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作品名:居場所ーpremium loveー 作者:yossy

第14回   遺言
こんな日常が半年あまり続いた。糖尿病もすっかりよくなっていた。体重も10キロ程落とすことが出来たのだが、実は他に、胆石症を10年前から患っていた。昨年、入院した時に、手術を勧められた。この際、悪いところは治しておこうと思った。8月3日の手術が決まった。お腹に何箇所か穴を空けてする簡単な手術との事であった。8月1日の夕方入院した。前の病院のように個室にしたかったが、空いていなくて、しかたなく6階の4人部屋に入院した。かつらは前の入院でどうすればいいのか、すっかり解っていたので、手際よく準備をしていった。木曜夕方の入院だったので、午前中は会社で仕事をしていた。水曜日には、帰れるとの事で、僅か数日の入院で済みそうだ。かつらは、遅くまで居て帰った。彼女がいれば時間は忘れられる。でも、帰ってからが、長かった。冷房は夜になると切られるので、寝苦しい。只でさえ、枕が代わると眠れないのに、これでは、もっと眠れない。幸い外科病棟だったので、看護師さんは割りと煩くなかった。朝3時過ぎた頃、あんまり暑いんで、窓から僅かに入る風を浴びにロビーのソファに寝転んでいた。向かいは大きな食堂で廊下と大きな窓ガラス付きの壁で仕切られ、左側の入り口のドアは開けっ放しになっている。日中はロビーから中はよく見えるのだが、夜は照明を落としてあるので、薄っすらとしか見えなかった。その風を浴びていたら、汗が少し引いた。その時、ふーっと女の人が食堂の左端から窓越しに恥かしそうにこちらを覗いた。下の方は壁で見えなかったが上半身ははっきり解った。僕と同じ病衣を着ていた。背は低く、多分150センチ位。オカッパで、ちょっと見は子供のようであったが、よく見ると、歳は30代後半ってとこだろう。本当に恥かしそうに見ていた。僕は、「こっちへ来ればいいのに。僕しかいないのに。きっと、暑いんだ。代わってあげよう。」と思い、なにげに、にこっとして起き上がりながら僕は、頭を下げた。すると、慌てて引っ込んだ。少しして、再び顔を出さないので、「病室に帰ったんだ。」と思ったが、確かめたいという気になって、立って、右側の入り口まで歩いて行った。そこから食堂を覗いた。誰もいない。その時、ふと、左側にドアが無いことに気がついた。外も白みかけていたので、食堂の中は殆ど見えた。慌てて、彼女の居た場所まで行った。確かに出口はない。ずっと見ていたので、左側から出た形跡はない。ましてや、左側は男性病棟だ。それでも、信じられずに、食堂に隠れているのではないかと、少し食堂の中を探しながら歩き回った。「いない。もしかして。」急に背筋が寒くなって病室に戻った。頻繁にあるわけじゃないが、僕は何回か、過去にそういうのを見ている。しかし、明日は手術。簡単とは言え、少し怖くなった。結局、眠らなかった。次の日は、朝から検査と手術の説明。桂が朝から来てくれたので、一緒に説明を聞いた。まずは、手術担当の医者。「胆石の手術は簡単ですが、もし癒着があった場合、切るかも知れません。輸血は大丈夫ですか?」ぞーっとした。次に、麻酔医。「血糖値が少し高いようですね。タバコも吸ってますね。過去に狭心症の病歴がありますね。手術の困難性は3です。4だと手術は出来ないんですけど、3だから大丈夫でしょう。死亡率は0.3%です。」「はあっ?!死ぬんですか?」「まれに。でも、大丈夫だと思います。」どこが大丈夫なんだ!その時、急に夜の窓越しの女性を思い出した。お迎えか?続けて担当の看護師と麻酔の看護師の説明。おんなじような話だった。特に糖尿病と狭心症とタバコの話がしつこかった。いっぱい誓約書にサインさせられた。「桂!死ぬかな?」「先生も大丈夫って言ってたでしょ!」でも、表情は不安そうだった。「昨日ね。見ちゃった。」「いるの?よく見るからね。」「間違いないと思う。」と言って昨日の事を話した。桂も、食堂に確かめに行った。「ロビーに行ったつもりでベットで寝てたんじゃないの?きっとそうだよ。」そう思ってないと顔には書いてあった。僕の会社の総務部長に、「僕が死んだら、5百万、役員退職金を出してくれ。会社にしている借金2百万を相殺して、残りはうちのやつに、渡してくれ。マンションの借金は保険がかかっているんで、僕が死んだら、0になる。社長には話して置く。頼む!」「えー、胆石で死なないでしょ?」ちょっと笑っていた。無性に腹が立って、「死亡率3%だそうだ。先生に言われた。」10倍に言ってしまった。「3%?なんで?」「僕が色々病気持ちだからだそうだ。」「解りましたけど、大丈夫じゃないんですか?そうじゃなきゃ手術なんかしませんよね。」「死ぬのは覚悟は出来ているが、うちのやつが心配だ。頼む!」後のことを事細かに説明した。桂には、「死んだら、兄と総務部長に電話するように。話してあるので、全部やってくれる。かつらの後の事も頼んだ。心配ない。」と言った。桂は、薄っすら涙を浮べた。
 明日はいよいよ手術。万が一死んだ場合の事を考え、かつらへの遺言状を携帯に書いた。
 「かつらへ 僕らには2つの記念日がある。かつらがうちに始めてやってきた4月23日。同居を始めた10月1日。そして、本当は、もう一つ記念日が出来るつもりだった。これをかつらが読んでいるって事は、3つ目の記念日が叶わなかったってことだね。今、桂との日々が走馬灯のように浮かび上がる。声が聞こえる。本当に、本当に、楽しかった。こんな人に出会う事が出来たなんて、僕はどんなに恵まれているんだろ。悲しい思いさせるけど、ごめんなさい。後の事は高崎に話してある。きっとうまくやってくれるから。これからの人生でどっちにしようか迷ったとき、僕ならどっちにするか考えてみて!白い玄関マットの選択(真っ白な革製のマット;玄関にとっても合わない。ういてる。)以外で失敗したことない僕だから、きっといい選択が出来るよ。ちゃんと人生、楽しく送るんだよ。本当に愛してる!」その夜、睡眠薬を少し貰って寝た。そして、手術は朝からだった。考える暇もなく、寝台に乗せられ、手術室に向った。かつらはずっと手を握っていた。3階の手術室の入り口でかつらの手が離れた。「愛しているよ。ありがとう。さよなら。」と心で言った。寝台から数人の白衣の人達がよいしょと僕を手術用の寝台に移した。「3まで数えたら、眠くなりますよ。」15年程前、狭心症検査のための心臓カテをやった時、心臓が止まって、ちょっと向こうに行って来たらしい。戻ってきた時、何がなんだか解らず、空中にいる感じがして、大暴れした。白衣の人達が5・6人で押さえ込んで、やっとわれに帰った。3まで数えたら、この世ともお別れかと観念した。
 薄っすら気がつくと、かつらがいるような気がした。手を握っているような気がした。それからまたすぐ眠りに就いた。それを何度か繰り返し、痛くて目が覚めた。看護師さんが痛み止めを打ってくれた時、時間を聞いた。「9時です。うまくいったそうですよ。」半日寝ていた。まだ、まどろみにあったが、激痛の度、起きて、痛み止めを打っては、寝て、それを一晩中、繰り返していた。執刀医が朝の回診に来た。まだ、集中治療室にいた。「どうですか?」「痛みがひどかったです。」それを無視して、傷を見ながら、「きれいになってますね。この管は抜いておきましょう。」と言って、一気に、管を抜いた。「うっ。」とこらえたが、痛みは大してなかった。むしろ、今までの痛みが消えた。「点滴が終わったら、一般病棟に移ってもいいですよ。」回診が終わった後、看護師さんが、「点滴終わったら、行って下さい。寝台ごと運んでいきますから。」点滴はまだ半分。「看護師さん、トイレ行ってもいいです?」「歩く練習になりますから、いいですよ。但、麻酔薬がまだ少しきいてますので、ゆっくり歩いてください。気をつけて!」立ち上がった時、「桂に会いたい!」今すぐ会いたいと思った。少し、早歩きでトイレへ向った。「危ないですよ。ゆっくり。」
看護師さんの声を無視して、点滴をがらがら引きながら、トイレに向った。トイレは、集中治療室の外にあったので、集中治療室から出た。そのまま、トイレに向わず、エレベーターホールへ向った。一刻も早く、桂に会いたい。それだけだった。後ろから、「どこに行くんですか?!」と声が聞こえたが、無視した。丁度、エレベータの扉が開いた。飛び乗った。閉まるすんでの所で、看護師さんも乗った。戻るようがみがみ文句を言っていた。6階の扉が開いた。桂がロビーに座っていた。「桂!桂!」立ってきた桂を点滴スタンドを持っている反対の手で抱きかかえた。看護師さんを見た。にこっと笑って、「下から持ち物持ってきますね。」と言って乗ってきたエレベータに戻った。看護師さんの目は、「そうだったんだ。良かったね。」って言っていた。


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