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作品名:居場所ーpremium loveー 作者:yossy

第10回   見届けの妻
10月1日、引越しの日である。「シチクさん、うちのお父さんにそっくり!」かつらの妹が言った。引越しのサカイは、朝、8時半に僕の家に来て、10時半に彼女のところへ寄って、予定通り11時に新居に着いた。ところが、9時から同じマンションで別の引越しがあり、まだ終わっていなかった。仕方がないので、僕らは暫く待つことにした。かつらは、自分の部屋の後始末に残って、ここには一緒に来なかった。管理人さんに確認してもらうまでは、離れられない。なので、妹と二人だけになった。仙台にいる妹は今、失業中だったので、引越しの手伝いをお願いした。三日前から来ていた。姉より背は少し低いがよく似ている。やさしくて、一途で、思いやりがあって自己犠牲的で我慢強くて可愛い。姉からの受け売りだが、会ってみると、概ね当たっているようだった。少し人見知りと聞いていたので、こちらの暫くいる間、僕とうまくやれるかちょっと心配したが、すぐに打ち解けてくれた。札幌に来た日、姉は夜、仕事だったので、僕と二人で食事に出掛けることになった。色々悩んで、札幌で僕が一番おいしいと思っているスープカレー家(ボイジュ)へ連れて行くことにした。桂とこの夏、見つけた店だ。病み上がりだったんで、僕は野菜スープカレーにして、ライスは半分だけ食べて、スープも半分だけ飲んだ。妹は美味しそうに食べていた。「札幌にいたんだって?」「お姉ちゃんの所に住んでました。」いつも敬語で話す。厭味はない。自然に色んな話をした。食後、桂といつも待ち合わせてたスナックへ案内した。アジアン風で、からっとした美人のママが一人でやっている店だ。「へ〜、桂ちゃんの妹さんなんだ。よく似てるね。」「姉がいつもお世話になってます。」時機、桂も加わって楽しい夜となった。
次の日、妹の誕生日と聞いていたので、夜、三人で食事しようと誘った。引っ越しの準備はまだ終わっていなかったが、折角の誕生日なので祝うためのお店を色々考えて和食創作料理の店を予約した。この店は誕生日の人には特別の趣向が用意されていた。妹には言ってなかった。三人で乾杯し、料理に少し、手を着けた頃に、突然、店の電気が消えた。奥から「ハピバースデイトゥ―ユー♪ハピバースデイトゥ―ユー♪」バチバチと光る花火で飾ったケーキを持って歌いながらスタッフが何人かで、やってきた。予想していなかった妹は、びっくりして少し目をうるうるさせた。「有難う。」「本当に有難う。」何回も言った。
 引越しの日にはすっかり妹と打ち解けていたので、二人で行動するのも平気だった。僕らの前の引越しは違う運送会社やっていて、モタモタしてなかなか捗っていなかった。ちょっと文句を言いたくなった。「なにやってるんだ!休んでないで早くやれよ。こっちはもう2時間以上も待ってるんだぞ!」そのようすがどうやら頑固なお父さんに似ているようだった。「お父さんにそっくり!」そう言いながら妹は笑った。でも、妹もおんなじ思いだったようで、後から妹も怒っていた。最後は、こちらの引越しの人と僕とでその引越し手伝ったくらいだったが、結局2時間半遅れて僕らの引越しは始まった。桂も、もう1時間以上も前に向こうをすっかり終わらせて、到着していた。
 それから数日間、二人は片付けと掃除に専念した。二人とも、やりだしたら止まらない性格で、うち中、ピカピカになった。僕は、手も出さず、ぐうたらよろしく、横で見ていた。数日が経った夜、妹が寝てから、桂が泣き出した。なぜか解らなかった。いつものように黙って涙を流していた。妹を可愛がりすぎた事への姉の嫉妬かとかってに考えたりした。暫くして、僕が、何にもしてくれない。手伝ってくれない。今までと違って、一緒に暮らしたらそうなるじゃないかと不安になったらしい。「ハンガーだって、色分けして、同じ向きにしてあるのに、全然考えないで掛ける。ぐちゃぐちゃ。買い物に行ったって、一緒にいないで、別なとこ、いっちゃうし。買い物は、これからの私の最大の楽しみなんだよ。(彼女なりの論理なんだが)こんなんじゃ、一緒に暮らせないよ。」不満が涙と一緒に次から次へと出て来た。ちょっと勘違いも入っていたので、少し笑いがこみ上げたが、抑えて、「僕は仕事が中心。仕事に口なんか出して欲しくない。だから、おうちは、桂が中心。桂に従うよ。」「そうじゃなくて、一緒にやって!」「解った。でも、やっぱり、おうちは、桂が中心。僕は気がつかないから、ちゃんと教えてくれれば、その通りやるよ。」「ハンガーの事、教えて!」奥に行くと、同じ向きで掛けてあって、種類で、ハンガーも色分けしてあった。僕は左利きなんで、向きはどうゆうわけか、彼女の掛ける方と反対になる。「あ!左利きだった!反対にすればいいんだ。」「これからは、ちゃんとするよ。」「じゃ、これは?」次々と知らず知らずの桂のお家のありようの破壊工作をしていたようだ。汚い話だが、小用の時も撥ねるので、座ってする事にした。「僕は褒められると育つタイプだから、ちゃんと教えてよ。学習能力はある方だよ。」桂が、僕との共同生活に不安だったことは良く解る。あまりにも、無頓着だった。やっと、機嫌が直った。妹は横で、聞かぬふりをして寝ていた。10日くらいが経ち、妹は帰る事になった。最後の晩、彼女をふぐ料理に誘った。酒が入った頃、「お姉ちゃん!彼を岩手に連れて行ったら?行っちゃえば!」桂が、困って、ちょっと黙っていたので、僕は話題を変えた。でも、その妹の発言はすごくうれしかった。僕のような年齢の者を、あの頑固父さんのところへと後押ししてくれたのが、嬉しかった。最初に認めてくれた桂の身内になった。勿論、岩手に行ける日が来るようになるなんて、この時は考えもしなかった。
その数日前、住所変更に二人で区役所に行った。桂は、アルバイト待遇の薄給だったので、健康保険料を払っていなかった。健康保険証なしでは、病院代は高過ぎる。僕と同居すれば、内縁関係として、保険が効くようになると聞いていたので、早速届け出に行った。すると窓口で、予想もしていないことを聞かれた。「見届けの妻ですか?同居人ですか?」何の事かわからなかった。説明では、未届けの妻とは、二人の戸籍を確認した上で、法律上の結婚ではない事実婚としてあるらしい。通常の内縁関係はただの同居人として処理するらしい。多分、夫婦別姓の先取りなんだろう。後から解ったのだが、別々に住んでいても、未届けの妻ならば、妻と同様の扱いが出来、保険証も出して貰えるそうだ。「桂!未届けの妻でいい?」「んー、いいけど?」「じゃ、それで!」「お父さんにばれないかな?」彼女は、自分はいいが、お父さんが知れるとお母さんに「お前は知っていたんだろう!」と問い詰められて、お母さんがいじめられるからだと言った。「単になる同居とは違うんで戸籍の確認だけはしますが、それだけです。」窓口が言った。妻と言う響きに僕は一人で盛り上がっていた。「桂!大変だ!妻だって!」「未届けなんでしょ?大丈夫かな?」かつらは、あんまり乗り気じゃないようだったが、見届けでも、「妻」の響きは、心地よかった。僕のあらたなる計画(?)に火を着けた。


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