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作品名:居場所ーpremium loveー 作者:yossy

第1回   夜の訪問者
今朝は、流石に寒くて、まだ5時だというのに目が覚めた。
札幌は、10月下旬ともなると雪虫が飛び、人々は初雪を待ち、すっかり黄色くなった銀杏の葉も、一斉に落ちる寒い朝を待っていた。
ベッド入ったときには、仲良く二人を覆っていた掛け布団も、今は隣の彼女だけにぬくもりを提供していた。残ったタオルケット一枚では、いくら暑がりの僕でも、流石に、寒かった。
ここは分譲マンションの7階なのだが、安普請(やすぶしん)で壁が薄く、この季節、朝方は掛け布団を被(かぶ)っていないと寒いのだ。
 彼女は僕に気を使って、ベッドに入った頃には何度も僕に寒くないかと布団を掛け直していたのだが、今は布団の恩恵を自分だけのものとし、その掛け布団に包(くる)まって、僕の侵入を阻止するかのように寝ていた。
 仕方ないので、彼女を起こさないようにして、そっと、押入れから毛布を取り出した。もうすぐ、ここに二人で引っ越して早一年。二度目の冬が来る。
 二人のエピソードが始まった頃には、こんな風に彼女と一緒に暮らせるようになるなんて考えもしなかった。彼女は今、28歳。もうすぐ29歳になる。
 僕は56歳、彼女の倍ほど生きている。巷では年の差カップルなど珍しいことではないのだろうが、流石に27歳差ものカップルは回りにはいない。
 彼女の名前は、桂(かつら)。スターウォーズが始まった年に生まれた。映画館に行って映画新時代と興奮していた僕はその時27歳だった。ダブルスコアカップルである。
 少し中年太りの上に、額から頭頂に向かって禿げた頭に伸びた左の髪を思いっきり持ってきて、レジに反応しそうなバーコード。彼女の名前が桂(かつら)とは皮肉なものである。
 最近、桂に無理やり髪の毛をダークブラウンに染められた。黒ぶち眼鏡は殆ど伊達。少し進んだ老眼にちょっとだけ対応している。どう見ても風采は上がらない。
 一方、桂は美人な上にスタイルがいい。付き合い始めた頃、ちょっと太めで、短いシャツからちょっとはみ出すおなかもそれなりに可愛かったのだが、最近はだいぶ痩せた。あんなに飲んでいたお酒も、今はぴったり止めた。ピラティスなるものを始めて、ぐんとスタイルも良くなってきた。165センチの身長に細めのジーンズがよく似合う。きめの細かい色白の肌に、大きな目とスーッと筋の通った鼻。何といっても桂の魅力はたっぷりの腰まで伸びた長い黒髪。その黒髪をいつも僕の頭に乗せて、鬘(かつら)に見立てて、「こんなんだといいのにね。」と十八番(おはこ)の笑い。
 桂が僕のうちに始めて来たのは、一緒に暮らすことになる半年前だった。僕は、郊外の一軒家に一人暮らしをしていた。札幌の春は遅い。もう4月も下旬なのに、一人寝の夜はちょっと寒かった。ましてやここ1週間、体を壊していて、仕事も休みがちになっていた。
 愛想を付かされ、妻と娘に出て行かれてから、一年が過ぎていた。心配して遠くから来てくれた姉夫婦以外でここ二年、我が家への訪問者はない。彼女はデパチカで買った惣菜と小さな花束を持ってやってきた。
 僕は、3つも病院を変えて、検査してもらったが、フラフラする原因は解らなかった。一週間休んでいたが、体調は良くなってきていて、明日から会社に行こうと思っていた。そんなところに、彼女はやってきた。
 「元気そうじゃん!でも、びっくりしたー。ちゃんと(おうち)きれいにしてるんだね。」と辺りを見渡した。
 ちょっと自慢げに僕は、「言ってた通りだろ。家事、ちゃんとやってるんだ。」
 「洗濯物、ちゃんと干してあったり、生活観あるね。」
 持って来た花束をカップボードから勝手に丁度いいコップを見つけ、水を入れ、ピアノの上に置いてあった母の遺影の前に置いて、彼女は手を合わせた。
 桂は行きつけのスナックでバイトをしていて、僕は仕事がら接待が多く、そのスナックをよく使っていた。彼女は、そのスナックが夜の仕事としては、初めてだったのだが、もう4年もそこにいた。結構、美人で明るかったので、人気もあった。場を盛り上げてくれる彼女がいた事も、よくその店を使う理由でもあった。
 その日は日曜日。体調が回復して来ていたので、いつものように、掃除や洗濯をしていた。一人暮らしに一軒家はちょっと広過ぎる。どちらかと言うと、なんでも、とことんやってしまう方なので、久しぶりの掃除と洗濯に昼過ぎまでかかり、ちょっと疲れていた。そんな時、彼女からメールが来た。
 「最近、お店に来ないね?なんかあったの?」あんまりメールのしない娘だったんで、ちょっとびっくりした。
 丁度、仕事が忙しくてお店に行けなかった事やその後、体を壊して暫く仕事を休んでいた事などを話した。
 「なんだ、そうだったんだ。でも、大丈夫?お見舞いに行く?」そのつもりはなかったようだが、お見舞いに行くと言うことで、一様、気遣ったのだと後から言っていた。
 こちらも、本当に来る気はないだろうと思ったのだが、「来てもいいよ。」と言ってみた。
 彼女はちょっと躊躇(ためら)いながら、「今、友達の誕生日のお祝い買いに行くんで、その後なら行けるけど…。遅くなるよ?」
 「何時でも、いいよ。」押して見た。
 それでも、きっと何か突然の用事を作って来れないと言うだろうと思っていた。
 家事は終わっていたので、することもなく、土日用にいっぱい借りてきた映画を見ていたら、2・3時間して、携帯がなった。
 来れない言い訳の彼女からの電話だと思った。
 「何か買っていく?」
 「晩飯まだ作ってないんで、なんか食べるもん!」彼女は本当に来る気だ。
 実は、彼女が僕が暫くお店に行ってない事を気にするには、他愛の無いことだが、それなりの訳があった。
 3か月前、お店で、酔った乗りで、「エッチしよう!絶対しよう!」と彼女に言ったのだ。
 「いいよ!やろう!」彼女も乗りで笑って答えた。
 「あ〜、その笑い方は、口だけなんでしょ?」
 「口だけじゃないよ!でもいつかね。はははっ!」
 「いつかっていつ?!あーっ、そう言って、ずっとしないんだ!」結構大きな声で言ったが、お店が混んでいたので周りには聞こえなかった。
 「いつかするも!」困った様子は可愛かった。
 畳(たた)み掛けるように、「だったら、期限を決めよう!えっと、90日以内!」
 「なんで90日なの?」
 「なんか区切りが良いじゃん。」
 「えーっ、90日以内にしなかったら、どうなるの?」
 「もう、お店に来ない!」勿論、冗談だったが。
 「え〜。何それ!」僕のグラスにお酒を注ぎながら、ちょっとプンとした。
 次の日、いたずらで、「合体まで後、89日!」と書いたメールを送った。すぐにはメールは返って来なかった。
 次の日、メールが返ってきた。「88日、うふっ!」メール好きな僕だが、彼女がメール嫌いと思っていたので、乗りのいいメールが返って来た事自体が嬉しかった。
 エッチの事は冗談だったので、メル友ゲットとその時は思った。
 それから、3日後、病気療養中の母が危篤となり亡くなった。葬儀中、悲しみは紛らわしようもなく、時間もあったので、彼女にメールで母の事を語った。
 子供だけが自慢で子供の事ばかり考えて生きてきた無償の愛の母だった。子供の頃、末っ子の甘えん坊で、病気がちな僕は、母に面倒ばかり掛けていた。
 彼女から「優しいお母さんだったんだね。」とメールが返って来た。
 後に、彼女がうちに来るようになってから、僕の母の遺影が彼女を守っていると言って、彼女はお花や供え物をかかさなかった。 葬儀から1週間が過ぎ、彼女のいるお店に行った。
 彼女は結構明るい僕を見て、「ごめんね。知らないで、変なメール送って。」
 「先に送ったのは、僕だよ。実家に帰っていたけど、そん時は死ぬとは思ってなかったから。」
 葬儀の後、僕は札幌に戻った。一人暮らしのうちに帰ってから、寂しさがこみ上げて来た。その寂しさを紛らわしたくて、不謹慎にも、「後、何日!」っていうメールをし続けた。彼女も、短いメールでそれに答えてくれた。うちに帰って一人ぼっちになるのが厭で、お店にも頻繁に行った。彼女もその事が解っていたのかいつもの乗りで迎えてくれた。
 その90日が過ぎようとしていた頃、丁度、仕事が忙しかったのと体調を崩したので、暫く、お店に行っていなかったのだ。
 メールも暫く打たなかった。冗談だとは思っていたんだろうが、急に、お店に来なくなったし、メールも来なくなったので、未だ成就しない90日が気になってメールしてきたのだと思った。
 デパチカの惣菜はおいしかったが、それ以上に、家で誰かと話しながら食事をするのも久しぶりだったので、おいしい晩御飯となった。
 あんまり楽しかったので、食事の後、二人で洗い物をしながら、つい、「泊まっていかない?」と言ってしまった。
 本当に、帰ってほしくなかった。帰った後の事を考えるとぞっとした。
 「泊まっていってよ!」まるで、懇願するようだった。
 暫く、彼女は、黙っていた。後から解るのだが、彼女が一生懸命考えている時、いつも、長い時間、沈黙が続く。
 「90日を果たして!って言う意味じゃないよ。」
 「知ってる。」また沈黙は、暫く続いた。
 無理なお願いにそろそろ諦めかけた30分くらい経った頃、彼女は、「お風呂、入る!」と突然言い出した。
 後から解った事だが、彼女は決断するまで時間が掛かるが、一度決めたら、決めたことは翻さない。まっすぐ動く。速い!
 ぱっぱと服を脱ぎ、お風呂に飛び込んだ。
 戻ってきた彼女は、バスタオル一枚にすっぴん。大胆!僕の幸せ気分は続くことになった。
 病気で禁酒から久しぶりのビールで乾杯。彼女が聞き役で、この一週間の事、母の事、色々話した。
 お酒には強い方だが、流石に病み上がりには効いた。
 僕はシングルベットなんで、別に、彼女の分の布団をリビングに敷いた。
 「眠れなかったら、勝手に起きて、ビールでも飲んでよ。僕は明日早いから、寝るね。」
 「うん、解った。」
 「お休み!」
 「お休み!」
 でも、眠いと言って彼女も、すぐに布団に入った。
 これも後から解ったのだが、彼女は寝ることの名人で、布団に入ると1から5まで数えたところでもう眠っている。
 隣の部屋から早くも寝息聞こえて来た。
 満たされなかった胸のあたりがあったかくなって、僕も釣られて眠った。


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