クロードは軽い胸騒ぎを覚えた。自分の胸に手をあてる。ざわざわしている。 このことを誰かに伝えたかったが表現するうまい言葉が見つからない。 彼女が床から立ち上がった拍子に置いたままの色鉛筆があちらこちらに転がっていく。 それでも胸の高鳴りは早まっていくような気がした。 彼女の目の前には白いスケッチブックが開かれていた。少女のスケッチブックには目を見張るほどの美しい絵が描かれている。 美しいのと同じくらいそれは不可思議な絵だった。 どのページにも動物や花など子どもらしい題材が描かれているはずなのに、どこか垢抜けている。 模範的な絵でどこか窮屈だった。それでも、何色もの色が丁寧に重ねられ生物には命が宿っているようにも見える。 小さな白い世界で自由と規制が見事に合わさっていた。床に散らばっている三十六色の色鉛筆はクロードの絵の才能を見つけた父親が、クレヨンの次に彼女に与えてくれた物だった。カーテンがゆれ彼女の上に光の雨が降り注いだ。 光が足元を照らすのを見て白くて長い髪の間からのぞくうなじが粟立った。 彼女は部屋の窓から見える光が満ちる庭をじっと見据えた。 彼女は人工芝のあまりの青さに目が一瞬眩んだが、慣れてくると彼女の碧眼に外の光景が映し出される。 中庭には二本の痩せた木が立っている。 二本の木々の間にはゆりかごのようなハンモックが音もなく左右に揺れている。
彼女がいる部屋は何もかも白で統一されている。彼女の部屋だけではなく家自体が白で束縛されていた。 白いベッド、白い本棚、白、しろ、しろ。彼女の髪もその部屋にいつのまにか溶け込んでしまう。 そのためか花瓶に生けられた紅い花や床に散乱する色鉛筆は文字通り浮かんで見えるのだ。 白いカーテンが天使の衣みたいに大きく舞い上がる。それを見て彼女は不思議に思った。 壁は一面ガラス張りだが窓はどこも開いていない。 母親が外の悪い空気や病気が入ってきてトワの体になにかあったらいけないので窓を開けることを禁じている。 窓の外側に止まった蝶が気になって、一度窓を開けたことがあったが母親に平手を受けた。 それ以来彼女は窓に近づくことすら怖くなっていた。 カーテンを揺らしたのも、きっと天井に備え付けた空気清浄機の仕業だろう クロードは折れそうな細い腕にスケッチブックと色鉛筆を抱え込み立ち上がった。 ドアを半分開けて部屋のほうに振り返った。 机の上に置かれた花瓶の中の紅い花が目に留まり、それを花瓶から抜いた。 一階へと半透明のピアノの鍵盤に似た階段を降りていく。 この屋敷に初めて来る客はいつもその透明な階段を降りるのに躊躇するが、彼女はまったく躊躇する様子は見せなかった。
クロードは階段を降りてすぐの重いドアを開ける。ついたてがない広いリビングだった。 リビングの壁には一面彼女の絵が貼り付けられている。 絵の対象物がほとんど花と鳥の絵の中に人間の絵が少ないが見受けられた。 二人の男女が描かれた絵だった。白髪の眼鏡をかけた男と黒い髪の女が並んでいる。 彼女が描いた両親の絵だった。 彼女は絵と絵の空いた隙間に丁寧に絵を貼り付けた。 リビングの窓からはいくつものビル郡を見下ろすことができる。 彼女が住むアイザワ邸はシティの中でもだいぶ高い位置に位置しているのでクロネ・シティのほとんどの建物を見ることができた。リビングには部屋の中央に向かって段差があり、中央が丸く窪んでいる。 窪みにクロードと同じくらいの少女の眠るカプセルがあった。 「トワ、元気にしていた?おしゃべりしに来たんだよ」 カプセルの中には十歳ほどの少女が眠りについていた。 クロードより先に生まれた彼女の片割れだった。 カプセルの中で眠るその少女の名前はトワといいクロードと瓜二つの顔をしていた。 唯一異なる点は眠る少女の髪が黒いことくらいだった。 雪のような青白い顔をしているが、頬と唇はだけは紅を差したように紅い。 六歳の時の交通事故にあって昏睡状態になったまま㈣年間ずっと眠りについている。 「トワノのために絵を描いてきたんだよ。置いてくね」 繭の形をしたカプセルの傍に座り込んだ。カプセルからは透明な触手のようなチューブが伸びている。 その周りを取り囲むように精密で賢い機械が置かれている。それらは全てトワの延命装置だった。 母親に機械には絶対触るなと念を押されているのでクロードは機械に近づかない。 また両親はトワのために優秀な医師を雇っている。四人の医師が二十四時間トワの様態を観察している。 いつもは時間を区切って担当が替わる。 担当がちょうど替わる時間だったのか偶然部屋の中にはトワ以外にクロードしかいなかった。 彼女は保護カプセルにそばに座り込み、頭を傾けた。
ガラス越しに彼女は頬ずりをした。彼女の白く長い髪がカプセルの上に広がった。 彼女の覚醒の刻を親はもとより、医者すら知らなかった。 クロードはいつかトワがこの長い夢から覚醒して、お喋りする日が来るのだと信じて疑わなかった。 トワはきっと自分と同じ姿のクロードに驚くだろう。 しかし、クロードにはトワはすぐに仲良くなれるはずだという根拠もないのにそんな確信があった。 だから早く童話のような王子様が現れて、早く彼女のことを起こしてくれればいいのにといつも思う。 彼女が入ってきたドアとは反対のドアから女性が入ってきた。 短い黒髪の凛とした美しい女性だった。シックなワンピースを着て、胸元には幾重になるネックレスが輝いている。 彼女の名前は成島玲という。彼女はクロードの父親のロボット会社の元社員だった。 クロードの父親はロボット開発で知られる有名なアイザワグループ社の社長だった。 彼女は美しくて賢い女性だった。新しいプロジェクトを立ち上げる際に成島玲の存在はいつも不可欠だった。 レイはしゃがみこみ足元に置かれたスケッチブックを覗き込んだ。 彼が描いた絵には黒髪と白髪の二人の少女が手をつなぎ、レイに向かって笑いかけていた。 「こんにちは」 クロードは顔を上げて彼女に挨拶をした。彼女はクロードにすぐ側に腰掛ける。 「こんにちは。ここにいたのね。クロードの絵はいつみてもきれい」 クロードはレイの言葉にただ頷いた。こういう時に何と返せばいいか彼女にはまだわからなかった。 突然レイの目の前でスケッチブックから絵をむしり取った。 そして、絵を反対にして眠る彼女がいつ起きて一番に見られるように透明なカプセルの上に置き、 彼女はそれで満足したように溜息をつく。 「レイのことも描いてあげます」 彼女は白紙になったページにまた色を重ね始めた。時折彼女は青い瞳でレイの方をちらちらと見る。 クロードはスケッチブックに筆を走らせ、レイは空の様子を眺めていた。 ホログラムの天気予報の通り雲行きは早く、怪しかった。 羊の群れさながらに一箇所にかたまって、巨大な塊になっていく。 レイは彼女の髪を撫でてくれる。クロードはレイが頭を撫でてくれるのが好きだったので嫌がらないでじっとしていた。 「トワちゃんと早くお喋りできたらいいね。一人じゃ寂しいでしょ。うちのちーちゃんに会わせてあげられたらいいのにね」 「ちーちゃん?」 「わたしの娘。クロードより年下で、クロードと同じくらい可愛い」 「いいな。ちーちゃんともトワとも早く遊びたい」 クロードは会ったこともないちーちゃんのことを思った。 クロードはトワ以外の同世代の子どもに会ったことがなかった。 そのため彼女にはトワと同じような黒髪の女の子しか浮かんでこない。 そしてクロードは生まれてからシティのアイザワ邸から一度も外に出たことがなかった。 だからレイが話してくれる物や人のことがなんだっていつも新鮮で面白かった。 でもトワが目覚めれば両親はきっと外に連れ出してくれるだろう。 そしてここではない場所で多くの新しいものを見るのが楽しみだった。 クロードはまた色鉛筆を取り、絵を描き始めた。 絵を描いているときの彼女の集中ぶりは誰も寄せ付けないほどだった。 ほぼ完成に近づいた時に彼女は鉛筆を止めた。クロードの名前を呼ぶ小さな声がした。 クロードとレイはとっさにカプセルを見つめた。クロードは自分の名前を呼ばれた。そんな気がした。色鉛筆を置いてカプセルに鼻の頭がつくほど近寄った。カプセルの向こう側のトワの睫毛は微かに動き瞼が震える。 クロードの後ろにいたレイが小さく息を呑む。 クロードの名前を呼んだのはトワだった。 「クロード、お医者さんたちを呼んでくるわ。ここで待っているのよ。わかった?」 レイは部屋から慌てて飛び出ていった。クロードは前のめりになりできるだけトワに顔を近づけた。カプセルがクロードを焦らすようにゆっくり花開いた。カプセルの上に乗せられていた花と絵が床へ滑り落ちる。彼女の瞼が振るえゆっくり目を開き彼女たちの同じ青の瞳が初めて交差する。トワは意識がまだはっきりしてないのか、瞳は霧を映しているように霞んでいた。トワが目覚めたあまりの嬉しさにクロードの心は今にも爆発しそうだった。 「やっと会えた。ずっと会いたかった」 彼女が生まれてきたときからトワに会うことが一番の願いだった。 ドアから慌ただしく白衣を着た彼らが入ってくる。医師団はトワを取り囲み、クロードは彼らにはじき出された。 危うく後ろに倒れそうなる寸前のところをレイが背中を支えてくれた。 レイを見上げたクロードの笑顔はまばゆいほど輝いていた。 レイの表情に衝撃が走りクロードの笑顔から目を背けた。クロードにはレイの行動に首をかしげた。 「ママ」 支えるレイの腕の中でクロードは嬉しそうに母親を呼んだ。 ドアの側に呆然とした女性が突っ立っている。 身にまとっていたショールが細い体から薄い皮のように彼女から剥がれ落ちた。 クロードはレイの腕から飛び出していった。状況を把握しきれていないのか蝋人形のように母親は動かない。 クロードは母親のところに磨き上げられた白い床で転びそうになりながら駆け寄る。 「トワが起きたんです」 クロードは声を弾ませ、母親の枝のような腕にしがみついた。彼女の目にはもうクロードは映らず、トワの姿しか映ってなかったことにまだクロードは気づかない。 「ママ、トワと一緒に動物園に行くんだ。それからね、」 母親はしがみつく彼女の手を解いてクロードの横をするりと通り抜ける。 彼女は危なげな足で自分の娘に駆け寄った。 彼女の唇は言葉を発しょうとするが息が僅かにその薄い唇から洩れるだけだった。彼女は尖った爪先で愛しそうにトワの顔を挟む。 遠くから見ていたクロードは母親の足の近くにトワに贈った花瓶から抜いてきた花が潰れていることに気づいた。 可憐だった赤い花は無残な姿に成りはてていた。 つぶれた花弁はべったりと床に張り付き、茎はありえない方向に曲がり緑の汁が溢れ出て磨き抜かれた床を汚した。 「一緒に学校も。それからあと・・・」 トワをきつく抱きしめる母親に近づこうとしたクロードの足に彼女描いた絵の画用紙があたった。その弾みに紙は床をすべる。絵の表面は黒く汚れ、医師の大きな足跡が忌まわしき跡のようにくっきり残っている。 二人の少女の手の間に黒ずんだ斜めにしわが入っていた。 「クロード一緒に部屋に戻りましょう」 レイが優しくクロードの肩に触れた。クロードはレイには後ろから包み込まれた。 「どうしてですか?私はトワと一緒にいたい」 母親は涙をぼろぼろ流している。人間がよく泣く生き物だということは知っていたが、母親があそこまで泣くのを彼女は初めて見た。 「これからはいつだってトワちゃんと遊べるわ。今は安静が必要なの」 諭すようなレイの声にクロードは口を尖らせた。 レイは曖昧な表情を浮かべる。嬉しさとも悲しさとも判断できない不思議な表情だった。 レイはクロードに向かってよくこんな顔をする。クロードは彼女のこの類の笑顔があまり好きではなかった。 「クロードがいい子にしていたら、レモネードを作って上げる。」 クロードはレイの言葉に素直に頷いた。 彼女がクロードのために作ってくれるレモネードが好きだったからだ。彼女が美しい手を差し出し、クロードはしっかりと手を握った。 レイの手は細いのに彼女に手を握られていると、手だけではなく体すべても彼女の手に守られているようでとても安心した。 彼女たちは背中で大きな扉が閉まる音を聞いた。
第一章 甘い罠 1 アネモネはクローゼットを押し開いた。ハンガーにかかったコートを取り出す。アネモネはベッドに腰掛けて彼女の背中を見つめた。ゾーニャは化粧に忙しく暇がない。起きてからさっさと着替えを終えた彼に対して倍以上の時間を費やして彼女は着替えていた。ゾーニャはもとから人目を引く整った顔つきをしているが、化粧をするとさらに驚くほど輝いた。透明な彼女の肌に眩いほどの金色の髪が似合っていた。少し口が大きいのもご愛嬌だ。彼女は彼のほうに振り返った。彼女の金髪に光の矢が走る。 「アイザワさんとの約束は何時からなの? ちょっと遅くない」 「平気だよ。約束は昼だし、車を飛ばせばすぐ着くさ」 アネモネはそういって立ち上がった。黒い髪をした二十代半ばの若い男だった。黒いXネックのセーターとジーンズを着ている。長身を折り曲げ、ベッドの近くのライトスタンドに置かれた縁のない眼鏡をかける。アネモネの視界がはっきりとし、窓から見えた外の様子は昨夜とだいぶ変わっていた。白いレースのカーテンを開けて見えた五十五階のホテルからの光景は驚くほどだった。莫大なビルが並びんでようやくこの高さからシティの先のエリアンの影のような山脈をたどることができる。クロネシティは境目が見えないほど巨大な土地を誇っているが、それなのに全ての建物も同じような形をしている。棒グラフのような陳腐なビル郡だ。誰が一番早く天につけるか競い合っているかのように見える。 彼はカーテンから手を離し、彼女の後ろに立って鏡を覗き込んだ。背を折ると彼の肩まで伸びた髪が背中から肩へ流れる。ゾーニャはやっと化粧が終わり、今度は化粧台に大量の化粧品を並べて丁寧にマニキュアを塗っている。マニキュアを塗った赤い爪先に少しずつラインストーンを置いていく。その細かな作業にアネモネは舌を巻いた。仕事上手先の器用だと自負するアネモネも彼女には勝てそうもない。 「正直言って面倒なんだけどね。こんな時に見舞いに行くなんて」 彼がそういった途端ゾーニャに包装紙を胸に突きつけられた。とっさにアネモネは包装紙を抱きとめた。 透明な包装紙には熊のぬいぐるみが入っている。少し扱いが悪かったので体の毛がしぼんでみすぼらしく見える。 包装紙の向こうの彼をうらやましげに見上げていた。 「会わないのはアネモネの勝手かもしれないけど、私が二時間もかけておもちゃ屋さんで探したのよ。 娘さん渡しに行ってくれなくちゃ」 アネモネとそれほど年は変わらないゾーニャは子供のようにピンクの唇を尖らせる。 それがほとんどの男の前で通用する彼女がある意味アネモネには恐ろしい。 「ありがとう、ゾーニャ。俺だってあの子が目覚めたことは嬉しいよ。アイザワさんだって喜んでいる。でも、ぬいぐるみとは・・・」 「可愛い子どもが可愛いおもちゃを持っている。私は好きよ。娘さん事故になってからずっと眠っていたんでしょ。 それならまだその子の心は六歳のままでしょ」 「そうだよ。変な感じだ。心は当時のままで体は成長しているんだ。アイザワさんたちは半分諦めていた子どもが目を覚ましたんだ。驚いただろうな」 「昏睡状態で目覚めるなんて奇跡的な話よね。アイザワ夫婦も泣くほど喜んだでしょう」 「泣くほどね」 彼女は彼の話に軽く相槌うったが、たいして彼女はアイザワさんの家の事情には興味ないように思えた。 それもそうだ。 アイザワがアネモネも父の知り合いとして知っているだけで、アイザワはゾーニャにとっては赤の他人に近い。アネモネはリモコンのボタンを押してホログラムが立ち上げる。 朝のニュースがホログラムから流れてくる。名前も知らないどこかで遠くで起こった自爆テロのニュースが流れている。 血だらけに人たちが我先にと逃げ迷っている。道端には動かなくなった死体がいくつも転がっている。 ゾーニャは顔をしかめるが、アネモネは表情を崩さなかった。もっと見ていたかったのにニュースはあっという間に終わってしまいアネモネは溜息をついた。何事もなかったようにゾーニャは掌を広げ赤い指先に息を吹きかけている。 「会いたくないのは娘さんじゃなくてアイザワさんのほうなんだよ。昔の友人の子どもだからってかまいすぎなんだよ。 親父の葬儀の時までほとんど顔すら合わせたことなかったのに。資金まで援助して。本当に頭が上がらないよ。いい大人が父親の友人から金をもらうのはどうかと思う」 肩を落とすアネモネの肩をゾーニャは滑るように撫でで笑った。 「あら、もらえるものはもらっといたほうがいいじゃない。それに仕事する際になにかとお金が掛かるじゃない。でも、ちょっとかまいすぎだけど」 「ちょっとじゃなく、だいぶの間違いだね」 ゾーニャの飾らない彼女の物の言い方が彼の好きなところだった。 確かにアイザワのおかげでアネモネが助かっているのも事実だった。 シティからエリアンに行って義肢装具士として働くのに彼の援助がなければ相当辛いものがあった。 テレビの内容が占いになると彼女は黙りこんで熱いまなざしをホログラムに送った。 彼は部屋を出て洗面台に向かう。鏡に映る肩まで伸びた黒い髪がひどいありさまだった。 シティからエリアンに仕事場が変わることで忙しくて自分のことがおざなりになっていった。 装具技師のアネモネは三年ほどシティの病院に勤めていたが、現在働いている病院を自ら辞めてエリアンにいくことに決めた。シティの医療はだいぶ進んでいた。 優秀な万能細胞のご登場でだいぶ長い間自分がシティに必要なくなっていたことに気づいていたが、エリアンで義肢装具士を募っているのを知りようやく踏ん切りをつけた。 アネモネはウェーブした漆黒の髪をどうにか洗面台にあるものを駆使して押さえつける。ゾーニャの悲痛な悲鳴が部屋から聞こえた。運勢はあまり喜ばしくなかったのだろうか。 彼が部屋に戻るとゾーニャはブランドの服と高い化粧品で頭から足の先まで完璧に防備し、ベッドの上に腰掛けていた。アネモネに気づくと翡翠に似た緑の目で彼を見上げた。 化粧で隠せない彼女のありのままの瞳は綺麗だった。 だが、彼女が人の瞳をじっと見るときはいつも重要な話をする時と嘘をつく時だ。 アネモネは彼女の隣に腰かけた。ゾーニャは彼の肩に寄り添い長くなった黒い髪を何も言わず指に絡ませる。 そして、息を吸い込んでゆっくりと彼女は話し出す。 「アネモネ、私たち別れましょう」 二人の間に沈黙が満ちた。彼女の胸元のネックレスが光を受けて美しく輝いている。彼女の誕生日にアネモネが送ったものだった。鮮やかな色の物が好きな彼女には少し地味だった。 「運勢の改善方法が恋人と別れることだった?」 「そうだったら笑えるのにね」 ゾーニャは眉をゆがめて微笑んだ。ふざけなくてもアネモネの彼女の言葉は嘘ではないと確信していた。別れる予感は薄々彼も感じていた。ここ最近になってお互いの二人の都合で会う日数は以前よりだいぶ減っていた。 「ジムが今の奥さんと別れてくれるって言い出したの。いまさらよね」 「ああ、例の彼のことか」 ゾーニャの恋人ジム・ヘンリーは電子流通会社の若い社長で、よくマスメディアにも顔を出している。 それは彼の父が元総理大臣というサラブレットなことだけではく、映画俳優にも劣らない二枚目だったからである。 女性なら誰でも彼の名前を知っているのではないだろうか。 ドラマさながらの運命的な出会いからゾーニャが何年も前から思いを寄せてきた男だった。 それを承知でアネモネは彼女と交際していた。 偶然にもアネモネが彼女の性格に興味を持ったのと、彼女がジムとの交際で不安だった時期が重なった。もしジムに本気で振られた時にアネモネは胸を貸すと約束したけれど、結局胸を貸す必要はなかったようだ。 けれど、本当は最初からアネモネはこうなることをわかっていた気がする。 「ごめんなさい。急に言い出して。エリアンだってアネモネと一緒に行くつもりだった」 「謝ることはないよ。ようやく夢がかなったんだからよかったじゃないか。結局、俺は君を愛せなかったんだから」 彼女はそれを聞いてはアネモネのほうに身を乗り出した。ガラス細工のような繊細な指で彼の顔を包み込んだ。近づいた彼女の大きな瞳に自分自身が映るのが見えた。 「それはお互いさまよ。美人で賢い私ならあなたを幸せにできるものだと思っていた。違うのね。今度はちゃんと愛すことができる人見つけられるといいね。アネモネが幸せになれないのはおかしいもの」 「それは彼女のよく目だね」 ゾーニャは彼を引き寄せて抱きしめた。彼女の体は陽だまりをその体内に隠しているのではないかと思うほど温かかった。温かいに違いない。だって彼女は生きているから。 「でも本当に君を好きになっていたら殺してしまっていたかもしれない。俺は独占欲が強いから。だからゾーニャはジムと幸せになってくれ」 彼女の肩に顎を乗せたまま耳元に囁いた。彼女が鼻で笑うのを感じた。 「それはどうかしら。人を押しのけてまで手に入れた幸せがうまくいくなんて保証はないわ」 「大丈夫だよ。君は美しくて、賢い女性なんだから」 「けれど、奥さんと子供にとっては幸せな生活を壊したひどい女でしょうね。アネモネ。もしかしてもう1度私をくどいているつもりだった?生憎ね」 「まさか。君こそ本当はより戻したいんじゃないの」 「まさか。私はこうみえて野心家だからもっと手に入れに行かないと満足できないの。たくさん贅沢はしたいわ。ガラスの靴のお姫様みたいに」 ゾーニャは笑い、アネモネは軽く首をすくめた。 正直に言えばまったく彼女に名残はなかったのだ。これまでで会った中でゾーニャは素晴らしい女性だった。 一緒にいて苦になったことは一度もなかった。 それでも、アネモネには彼女を愛すことはできなかったが、だからこそ彼女が幸せになれる道があるのならばそれを選んでほしかった。人から見たらきっと自分は薄情者だなと心の中で思った。 けれどそれは彼女のためでもあった。 ホテルの下の階で二人は遅い朝食をとった。少し時間がずれていたおかげでそれほど混雑していなかった。 ホテルの廊下では業務用ロボットたちが慌ただしく行き交っていた。 彼女はこのあとホテルの近くのショッピングモールで友達と映画を見る予定らしい。アネモネはアイザワ邸に行く途中でモールによって彼女を降ろそうかと聞いたが、彼女は首を横に振った。 ホテルからは連絡通路を使えばモールまでそれほど距離はないと言った。 ホテルのチェックアウトをして彼女はアネモネにいつもとなんら変わらないさよならのキスをした。 唯一違ったのはいつもよりすこし長めのキスだった。けれどそれ以外何も変わりはしなかった。 映画とかドラマならもっとロマンチックな別れをするのかもしれない。 「じゃあ、また。無事引っ越しがすんだら連絡するよ」 「また会えるといいな。元気でね」 そういって彼女は手を振ってホテルの外へ消えていった。今生の別れでもない。 シティでなら彼女とならいつでも会えるようなそんな気がした。もちろん彼女の友人としての話だが。 アネモネは右手に鞄を持ち鞄に入らなかったぬいぐるみを左手に下げていた。ホテルのロビーでは小さな子どもは物欲しげに彼が提げたぬいぐるみを見ていた。 アネモネはホテルのロビーから車を停めた駐車場へと歩き出した。 アイザワグループで作られているZ―03のロボットがまた彼の前を行き交う。 クロネシティで生活していてロボットを目にしない日はきっとないだろう。 クロネシティではほとんどの雑務をロボットたちが担っている。ロボットが汚い、きつい、危険の三kを負い、人間は知的な生産活動に従事すべきというのがシティの指針だった。 その指針が本当に活かされているのかどうかは虚ろな目で暇そうな大人たちを見ればわかるだろう。社会の循環はよくなったが、多くの失業者を生んだのも事実だった。 アネモネもまたたかが細胞のせいでそうなりかけた。駐車場へと続くだいぶ長い渡り廊下を進んでいく。 台車を押した従業員がアネモネの横を通り過ぎる。その台車の上には使われなくなったロボットが山のように積もれていた。 人間の仕事を奪うロボット。ロボットの片づけをする人間。 残念なことにロボットの普及はシティでではロボットと人間の存在意義がたいしてかわらないということがわかっただけだった。
2 アネモネは立体駐車場を闊歩する。その手に握られた小さな鍵がわずかな光を浴びて光った。 カギを握った腕を車のほうに向けると車のドアが自動的に開いた。彼の動作はゆっくりしたさまで忙しない町にそぐわない。 車のキーを差し込んで回してエンジンを入れると、車は主人の帰りを喜んだ。それと反対に彼の気持は沈んでいく。 さっきまでのゾーニャとの別れ話のほうがまだ気は楽だった。車に搭載されたナビゲーションで目的の位置を探した。 ホテルの駐車場からアイザワ邸まではナビゲーションの計算では約三十分ほどだった。アイザワ邸まではそれほど遠くない。 車は駐車場からゆるやかに外へ出て行く。彼はあまりの眩しさに幻惑した。白い空に疑いたくなるほどの青い空がにじみ出てくる。直線道路で追い抜いた車がバックミラーに消えていく。アネモネの車は巨大なクロネ・シティの腹の底に飲み込まれていった。 腹をすかせたシティは膨大な数の人と金を飲み込んで肥大を続けていく。 アネモネが育った懐かしい故郷は常に成長を続け今やクロネシティは遠い異国で、アネモネにはシティの人はすでに異人だ。 「おはようございます。今日もいい天気ですね」 車のナビゲーションが女の声でしゃべり始めた。女の声は一定で、無機質だ。 「ああ、おはよう」 彼は抵抗なくナビゲーションの彼女に声をかける。 ナビゲーションはやたら今日が何の記念日だとか、今日の天気だとかを喋りたがった。 彼の車はアイザワの屋敷がある第T地区につながる環状線へと走る。広告が並び、ひときわ大きいセイレン社の福祉ロボの広告の横を通り過ぎる。彼の車は緑のライトが点滅するアーチをいくつも通り抜けた。 これらはシティへの不審な進入を妨げるためのシティの装置だった。 都市の中枢にコアという円形の地区がありそれをとり囲むように中心から第T地区、第U地区、第V地区と取り囲んでいる。 上空から見るとクロネ・シティはダーツの的のような造りをしている。そして周りを厚い壁に覆われている。 これは別に的に襲撃を受けるわけでもないし、風を遮断しているわけではない。説明をするとだいぶ長い話になる。 シティの中心にあるのは、国家機関がほぼ集結し都市の機能を司るコア。 そのコアに近づくたびシティの中の警備は強化されていく。 実際第T地区にある防犯カメラの数はシティの住民の十倍もあるといわれている、プライバシーなんていう言葉があったものじゃない。しかし、そのことに住民たちは文句も言えない。 プライバシーが強化されてから、犯罪数も減ってだいぶ治安が良くなった。 神経質なほど守られたクロネシティは今では世間知らずの箱入りお嬢様だ。 アネモネの車は第T地区に突入した。 境目には来客を歓迎するアーチなんてあるわけでもなく、風景は一切変わらない。 ただ溢れんばかりの電子看板が頭上を覆った。シティの中に地名はなく長い番号で区切られ、行く先によって小枝のようにこと細やかにチューブは別れている。 アネモネはアイザワ邸の番号を見つけ、彼の車は透明なチューブの中に呑み込まれていった。 車はいくつもビルの中を貫通したチューブを抜けて、ビルの間に埋め込まれたような駐車場の入り口までつづく。 ビルの中に入り車を空いた駐車場に駐車した。 停めた車体の横に聖堂のような立派な造りをしたアイザワ邸の玄関が見える。 アネモネはルームミラーを見てたらしたままの髪を紐で結った。 アイザワ夫妻は規則や法律がとても好きな人たちだった。少しでも常軌を逸する物は拒んだ。男の長髪もそのひとつに過ぎない。 アネモネは伸びてくるものはしょうがないし、エリアンへ仕事の荷物や手続きで忙しいなかでアイザワの娘のトワが再び起きたことはあまりにも想定外だったからしょうがないと反論したくなる。 そしてそんな規則を遵守するその男が世界中を驚かせるロボット技術の先駆者なのだから驚いたものである。 アイザワはアイザワグループを社長として統治している。 アイザワが取り仕切るアイザワグループは家庭や職場で働くパーソナルロボット中心に拡大をした会社だった。 シティでのパーソナルロボット市場の大半がアイザワグループ制のロボットだった。 車のドアを開け、アネモネは重い足取りで玄関に向かう。彼は玄関でだいぶ長い間躊躇した後呼び鈴を鳴らした。 扉が開いて、彼の腰のあたりまである白い陶器のような姿をしたロボットが迎えた。 顔には虫を思わせるような緑色の巨大な目があるだけだ。そのロボットの音声に案内されるがままロボットの後ろについていった。長い廊下には名高い画家の絵画や人の頭より巨大な壺が陳列されている。彼はたいして目もくれずその横を通り過ぎていく。 客室に通されてアネモネの目の前にいる男に軽く頭を下げた。 男はわずかな白髪が残る黒髪を撫で付け、縁のない眼鏡をかけている。 アイザワは初対面の人に清潔で温和な印象を与える顔をしていた。以前会った時よりもやはり老けたという印象を受けた。 アイザワ夫婦の間に授かった一人娘のトワは彼らにとってだいぶ後に生まれた子供だった。
「いらっしゃい。わざわざ来てもらってすまないね」 「お久しぶりです。これ、娘さんに渡してください。本当によかったですね」 アネモネから包装紙を受け取るとアイザワは顔をほころばせた。 その照れるような彼の笑顔が娘を思う父親の顔だったのでアネモネは意外に感じた。 アネモネにとってアイザワは仕事ばかりの家庭を顧みない男だとばか思っていた。 穏やかな笑顔の裏で何を考えているか分からない謎な部分も彼にあった。 「ああ。医者はトワが目覚めることは奇跡だと言っていてね。何が起きたか最初は信じられなかったよ。娘は上にいるんだ。アンナが呼びに言ったよ」 玄関ホールの横にはビニールで縛られた紙束が積まれていた。 二人は革張りのソファーに腰かけた。 「クロネ・シティから出てエリアンで義肢装具士として働くと聞いて驚いたよ。ビルが生きていたら君のことをさぞ誇りに思っただろうね」 アイザワの言葉にアネモネはただ微笑んだ。 アネモネの父のビルが誇りに思うのはきっと道徳的に素晴らしい人ではなく、上手く限られた人生の中で金を稼ぐ人だった。父は机の上に札束を並べていっては幼少のアネモネにそう教えてこませていたようなそんな人だった。 父はずっと自分の仕事を継ぐことをアネモネに期待していた。 アネモネが卒業を機に義肢装具士になりたいと言うまでは彼が会社を受け継ぐと信じて疑わなかった。 父とアイザワは学生時代からの友人でだいぶ付き合いが長いらしい。 学生時代の学友は卒業後も変わらずアイザワはロボット業社、ビルは流通関係に進んだ。 彼らのようにアネモネは別に名声も金にも大して興味はなかった。 食べて寝る場所がある最低限人間の営みができるだけあればそれでよかったのだ。 「義肢装具士として少しでも人の役に立ちたかっただけですよ」 「いやいや、すばらしいことだよ」 アネモネは広い居間に通された。部屋の隅に空になった透明のカプセルが置かれていた。 たくさんの器具とコードで結ばれて圧倒的な存在感を放っていたが電源は入ってなかった。 おそらくこれがあの子が使っていた延命装置なのだろう。アイザワに促されソファーに腰かけた。 アイザワは言葉を切って入口のほうに目を向ける。アネモネもそちらのほうに目を向けると、部屋の入り口に小柄な車いすの乗った少女が壁の後ろからこちらを伺っていた。 彼女はアネモネと目が合うと慌てて壁の後ろに隠れた。 「トワ、こっちにおいで。あいにくまだ娘は車椅子でしか移動できないんだ。でもリハビリをすればまた歩けるようになると、医者が行っていたよ」 電動車椅子に乗ったトワが恐る恐る客室に入ってきた。彼女は夜の闇のように漆黒の髪に、青白い顔をしている。なぜか彼女の右手に鋏が握られていた。小さなキャップがついた子供用の鋏だった。彼女はそれを膝かけの下に隠すのをアネモネは見た。 「贈り物を彼からいただいたんだ。ちゃんと彼にお礼を言いなさい」 「ありがとうございます」 うなずくようトワは頭を下げた。 まだ父親とある程度良い関係を保っていた十三歳のころに一度アイザワ邸に連れられて赤ん坊のトワと会った気がするがアネモネはよく覚えてない。アネモネが覚えていないのだから、トワはもちろんアネモネのことはわからないだろう。父親との仲がこじれたのはそれから何年か後だった。父と将来のことで口論となり本当に義肢装具士になるつもりならこの家から出ていけと言われたのはよく覚えている。そうして家を出た。母はとっくの昔に家を出ていたのでアネモネを止める人など他にいなかった。再び父に会ったときには彼はもうこの世の人ではなくなっていた。過労による持病の悪化だった。父の葬式で再びアイザワにも会ったのだ。こうして仕事のことで気にかけてくれるようになったのは父の死がきっかけだった。 アンナがトワの側にやってきて紫のショールを娘の細い肩にかけた。アンナの顔を見て長い年月を感じた。年のためなのか、それともトワの看病のおかげなのか見ないうちにアンナはだいぶ年をとったような気がする。テーブルの上にロボットによってお茶とお菓子が運ばれる。それからまるでアネモネとアイザワ夫婦の三人分のシナリオがあるかのような当たり障りのない陳腐な会話をした。アンナは娘のトワの口元にケーキを小さく切って一口ずつ口に運んでいた。まだ上手く食べられないのか彼女は膝かけの上にケーキの塊をぼろぼろこぼした。アネモネはやはり心がまだ追いついていないのだと思った。見た目は十歳ほどの彼女だが、振る舞いは未だ六歳の小さな子どもだった。 沈黙が出来たときアイザワはもったいぶるように切り出した。 「よければ君にもらってほしいものがあるんだよ」 「申し訳ないです。エリアンでの援助までしていただいているのに」 「それは君がビルの息子だからだよ。そんな遠慮することはない。こっちに来てくれるかい」 アイザワは立ち上がり、アネモネは重い腰を上げて渋々彼の後をついていった。細く伸びた透明の階段を上がっていく。階段をのぼりながら彼の申し出を断るいい理由を必死に頭の中で巡らせていた。 「もらってほしいというのはアンドロイドなんだ。とても賢くて、気性のいいアンドロイドなんだよ。エリアンで君一人開業するのは大変だろう?だいぶ役に立つと思うんだが」 「そうですね」 アイザワはアネモネに話す隙も与えず早口にしゃべり続ける。ロボットではなく彼はアンドロイドと言ったことにアネモネは引っ掛かった。シティでは一般的にロボットらしいものをロボットと呼ばれる一方で人間の姿をしたロボットがアンドロイドと呼ばれる。しかしあくまで人間に似せているものがほとんどで、人間と見間違えるほどのものではない。アイザワの挙動不審な行動はそういうことなのかと納得した。彼がシティ土産に勧めるのは娼婦アンドロイドなどの違法ロボットに違いない。なんにせよ表には出せない類の物のはずである。ロボット業界にはたくさんの会社があるのに、彼の会社がロボット界をほぼ独占しているのは裏で違法なロボットを製作しているからだといわれている。少し前に娼婦ロボットが大量に生産された風俗店から回収されたことがあった。警察は躍起になって足取りを探したが、製造元はわからなかった。 「女性型のアンドロイドですか。そうなるとゾーニャが嫉妬するんですが」 やんわりと間接的な言い方でアネモネは言う。ありもしない適当な言い訳が彼の口からすらすらと出た。できたら面倒なことには巻き込まれたくなかった。アイザワは顔を左右に振る。 「いいや、違う。きっと君も気にいるはずだよ」 アイザワが階段の先にあったドアを押した。ドアの向こうから白い光が足元をさらい風が吹き込んだ。 四方を白い壁に囲まれた人口芝生の庭がそこにはあった。二本の細い木とハンモックがあるだけの殺風景な景色だ。 人工芝の上に小さな子ども用のサンダルが脱ぎ捨てられている。白地に花の刺繍がついた子ども用の靴だった。 アネモネは彼の目の前にいるものを見て目を見張った。そこには一人の短い髪の少女が地面に座り込んでいた。 アイザワは彼女の横で立ちどまった。 「アネモネ君に紹介したいのはこの子だよ。正真正銘のアンドロイドだ」 ガラスのように青く大きな瞳が不安げにこちらを見あげていた。 彼女は先ほど会ったアイザワの娘に顔と背格好が瓜二つだった。唯一違う点は髪の色くらいだった。 白雪のような髪の毛が風で揺れている。彼女の短い髪はところどころ長かったり短かったりちぐはぐな印象を受けた。 誰かに切られたばかりなのかもれない。アネモネは彼女の正面に立って彼女と対峙した。 「これがアンドロイド・・・・?」 アイザワが言うようにこれが本当にアンドロイドだというのだろうか。 小花模様のワンピースに水色のカーディガンを羽織っている。その服から細い手足が伸びている。 どんな優秀な義肢装具士ですらこんな人間のような四肢を作れない。 それなのにロボット業界はそれを可能にしたのだろうか。 アネモネはトワが本当は双子でもう一人の彼女ではないかと思ったほどだった。それほど彼の目に前にいる物の正体が掴み取れなかった。 彼女はアンドロイドではなく完璧に人間の姿をしていた。 彼女の柔和な肌にアンドロイドにはよくある境目がどこにもみあたらない。 人間に近づけるために外装をシリコンやゴムで補おうとしても人の肉体に近づけるには制限がある。 それなのにロボットは腕をゆったりとした動きでボールをいじっている。 神経と義肢パーツをつないで自分の意志で動かせるようになったがこれほど滑らかではないし、女性や子供だとパーツを入れるために腕や足が太くなってしまい体と合わず不格好になってしまう。 それなのにアンドロイド不可能だったことを可能にさせたというのだろうか。 アネモネは魅入られたようにアンドロイドを見つめ瞬きが出来なかった。 ガラスのような瞳で遠くを見ている。 「この子の名前はクロードと言うんだ。どうだい?」 アイザワの声にアネモネは、はっと我に返った。アネモネは顔上げアイザワと目を合わせた。 アイザワの顔は優越で満ちていた。アネモネは喉の渇きを感じ唾を飲み込んだ。 確かに数秒の間に彼はアンドロイドの彼女に魅せられていた。 相沢は微笑んだまま何も言わなかったが、アイザワの顔を見ていると、だって君は断れないだろう。と言っているようだった。
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