小さな頃からよく見る夢があった。 出てくる場所は決まって広い遊園地で、そこにいる私はずっと小さな子どもだった。 全体的にパステル色の遊園地はどこか安っぽい。しかし、そこでは誰もが顔に笑を浮かべ、自分を笑顔で迎えてくれる夢だった。 いつの間に現れたのだろう。後ろに巨大な熊の気ぐるみが立っていた。 その熊は赤い風船を持っていて小さな私に差し出した。私は受取ろうと精一杯手を伸ばす。 ようやく風船の紐に触れたかと思うと、そこで大きな音を立て風船は割れた。そこでいつも私は目が覚める。 そうしていつも冷たい寝床にいる時分に気づくのだ。そして今もそうだった。 研究室の天井があった。夢は波のように引いていき、もう夢の影しか縁取れなくなっていた。 研究室にはロボットの部品や資料で溢れていて足の踏み場もなかった。 ポケットから煙草を取り出し火をつけた。煙を吐き出しながら何も食べていないことに気づく。 食欲がなかった。何かを食べたいと思ったところでダイニングに行っても冷めた夕飯が置かれているだけだろう。 なら食べなくてもかまわないはずだ。妻はまたトワの側につきっきりでいるだろう。 トワが昏睡状態になってから彼女のそばを離れることはない。それはそれで都合がよかった。 今夜も実験は失敗なのかもしれない。彼女を起動してから三時間経ったが、実験体の一号は何ら異変も起こさない。
キャビネットの上にはレコードプレイヤーが置かれている。キャビネットのガラス戸の向こうにはぎっしりと詰め込んだレコードが見えた。その中から一枚を取り出しレコードの溝に針を落とした。 私の唯一の趣味だった。特に好きなのがベートーベンの悲愴の第2楽章だった。 確かあの人もこの曲が好きだった。 私は実験体一号の真向かいに椅子を置きそこに腰かけた。 彼女は椅子に座ったまま首を横に傾けている。 丸い小さな窓から差し込む月明かりがスポットライトのように彼女を照らす。 美しかった。それなのにアンドロイドを怪物と卑下する奴らが私には信じられなかった。 彼女の方がどんな人間よりも崇高な生物だ。むしろ私の方が人間の間に紛れ込んだ怪物なのかもしれない。 周りと同じように人間になろうとしたこともあったし、美しい妻との間に可愛い娘をもうけ完璧な家庭を望んだこともあった。 しかし、嫌気がさした。煩わしい人間関係はとっくに捨てた。傷つく前に手立てをうち、懐柔されぬように人の上に立った。 私の理想とする物が本当にこの世にないのならばこの手で創り出そうとした。 私はこのアンドロイドのために四年間の時を費やした。 まず子どもサイズのアンドロイドを作るところからだった。 これまでアンドロイドを作ってきたが、子どもは初めてだった。 ボディが小さすぎるためアクチュエーターを搭載することが難しくなる。どこか不自然さが残る。 それから実験を重ね1年後には完璧なボディを作り出した。 そうして、第2段階に踏み切ることにした。より人間らしく近付くるために絶対不可欠なものだった。 そのための機能は私の会社を退社したな女性職員が残していてくれた。 優秀な女性だったが、私と彼女の考え方が合わなかったのは残念で仕方ない。 アンドロイドの第二の実験を回収されて廃棄処分になるはずだった娼婦ロボットイブシリーズで実験を試みる。 しかし、一体を除いて九体は拒絶反応が起きる。そうして一体の実験を基にして彼女を作り出したのだ。
「とても美しい曲ですね」 私ははっと我に返って椅子から立ち上がった。 その拍子に椅子が後ろに倒れた。この世に生まれることがなかった子が私にそっと微笑む。アンドロイドは芸術を理解しない。それは心がないからだ。 あの死から止まっていた秒針がようやく針を刻み始めた。 「あなたが私を作ったのですか?」 私は膝を床に付いて、私を見つめる少女の小さな両手を握った。柔らかい子どもの手だった。 「そうだよ。私がお前の父親だよ。そうだお前に名前を与えてやろう。クロードだ」 「クロード。それが私の名前ですか」 「そうだよ」 私は彼女を抱きしめた。彼女はしばらくじっとしていたが、私の腕をするりと抜け窓際に近寄った。窓の外の月を見上げている。ぼんやりとした霞みがかった瞳でここではないどこか遠くを見ていた。
それから3ケ月と五日の月日が過ぎた。
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