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作品名:牧場の歌 作者:史緒

第5回   松風の頃 − 図書室にて
 そんなこんなで、私は何時ものように委員当番として図書室にいる。
 夏服になったばかりの袖からは少しの肌寒さが入って、これからここはムアッとした空気と古本の臭いの充満した空間へと向かっていくシーズン。
― それも、嫌いじゃないんだけど。

 ここ、二週間くらいは、ずっと放送のことで、そればっかりだった私の脳ミソは緊張から解放されて、ここ一週間はひどく ぼんや〜〜としてて、いつもは楽しみの読書タイムのこの当番時間を(あんまり感情移入できない外国文学というこもと手伝って)、読んでは止めて読んでは止めてを繰り返す。
 読書をしていると、周りが見えなくなってしまうらしいから、今の方がいいわね、というのは司書の先生のお言葉。

 おかげ様?で、“こころ”の貸し出しは満員御礼。予約も入って、あんな放送でも心を動かしてくれた人がいると思うと、気恥かしくて、そして、嬉しい。

 館内を見回すと半開きの窓から、まだ五月を引き摺る湿気の少ないぽかぽかとした日射しと爽やかな風が入ってきて、気持ちがいい。

―・・・そして、必然的に眠たい。

 今はテスト期間も終わって直ぐの、しかも部活は大きな大会前の放課後。

―・・・だから、必然的に人が来ない。

 本を読むのもあんま気乗りしないし、ちょっとくらい眠っちゃおうかな〜〜と思った時、奥から話し声が聞こえた。

― あれ、人がいたんだ・・・。

 最初は小さく聞こえた声が、段々と大きくなって、大きな声をたしなめる声が聞こえて・・・・、どうやら言い争っていることが分かる。

― ここは、図書館なのに・・・

 本当は注意しなくちゃいけないところだろうけれど、どうせ他は私一人なので、もうちょっとだけ待ってみることにする。
 ・・・だって、なんだか、私の到底入れそうな雰囲気ぢゃないし ―――、
 ・・・それに、会話の内容が ―――、ちょっとおかしい ―――・・・。

「もうっ、なんなのっ!」とか「いつも、気がないでしょっ!」とか、内容としては恋愛のもつれみたいなんだけど ―――、
 怒りをぶつけてる高い声と、そしてそれを諫める少し低くて少しかすれたハスキーな声は―――、

 いくらハスキーといっても―・・・、

 どっちも―――――― 女の人の声だよね・・・?


うっ・・・・

うわーーーーー、



うわーーーーーーーーーーーーーーーー、
  

いっ、いやっ、でもっ、声がふつーより高い男子だっている―・・・・、
  
   んっ?

“私”って言っているけど―・・・、

いや、自分のこと私っていう
一足早めな大人っぽい男子だってきっといる―――――――――――・・・・・・・・・・


 聞いちゃいけないと思いつつも、聞いてしまって、
 この場から離れたいと思っても、でも誰か見たくて、
 相反する私は、ただカウンターで本を読むふりをして固まるばかり。


「もお、いいっ!!」

 ひと際、強くて、鋭くて、大きな声の後、その声みたいなパシンッという破裂音。

 うわっ、はたかれた。

 そして、身を翻しただろう片方がこっちへ向かってくる足音がして、私は隠れるかどうしようか、あたふたしてしまったけれど、そんな私に見向きすることなく
(―・・・というか、元々認識すらされてないんだろね)、その繊細な細い脚はすたすたと去ってく。

 通りすがりに見えたのは、
 軌跡を残すように流れる長い黒髪に切り揃えられた前髪、
 お人形のように大きくて少し勝気そうな瞳の、眼もとにキラリと一つ光るもの。

 それを見て、私は 少し・・同情した。
 
 それと・・、興味だけだった自分を ――― 恥じた。


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