※文中夏目漱石の『こころ』への記述がございますが、 作中人物に準じたあくまで個人的な解釈とお捉えください。
お互い同じ言葉であったとしても、 お互いにとって、その存在が同じ重さとは限らないんだ―― Kと・・・
Kのように純粋でない私は、もしも、Kと同じ道をとったとしても、 決して同じ理由ではないんだろう―― 私の想いに濁りは無くても、私の心は離反して、 汚いものもどんどん思い浮かべて、膿んでいってしまうのだから――・・・
だって私の想いは、根本的なところで―― 多分・・・・違ってる。
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バスケットボールが床をうつ、小気味の良い音が遠のいて、バタバタと人の集まる音がする。その、終わりの合図に私は読み進められなかった本を閉じ、体育館の外からちょっとだけ中を窺う。顧問の先生、周りに集まる沢山の部員たち。 大会を間近に控えた今日の話は、いつもより少し長いらしい。 冬は、あまりにも寒いこの場所だけれど、今は待っている時間も気持ちいいと思える位の読書に向いた時期であることがありがたい。日向にも日影にもなる体育館脇のこの場所は、おあつらえむきにコンクリの段があって、座るのに丁度よくて、私のベストスポットだ。 ここで私はバスケ部終わりの真希ちゃんを待つ。 人気のある真希ちゃん。その仲間と近くなろうとする訳でもなく、その帰路を独占する私は、きっと真希ちゃんにとってよくないし―・・・、多分、私自身にもいいことばかりをもたらしはしないんだろう。 ―・・・けれど、私はやっぱり待ってしまう。 だって、真希ちゃんはいつも嫌な顔しないし、今だって、ほら、
「翠っ!」
私を呼んで笑って来てくれる。
― 毎日のこの瞬間が真希ちゃんにとっての一番は私なんだって、 嬉しくて、安心できる、 幸せな、一瞬。
「翠っ」
誰よりも一番先に、走ってこっちに向かって来てくれる、笑顔の真希ちゃん。 汗で額に貼りついてる前髪。 「こっち来てっ」
手をとられてぐいぐいと校庭へと引っ張られて、「も〜なんなの」とか言ってはみるけれど、実際は・・・・嬉しいんだ私。
暫く引っ張られて、振り返った真希ちゃんは、すごく嬉しそう。
「きいてっ、翠っ! 私、レギュラーになれたよ! 今度の大会、出られるって!」
「ほんとっ!」
バスケットで大学推薦をとる人が度々いる程のこの学校にいて、二年生にして出られるなんて、ほんと、すごいことで。 真希ちゃんは、とても嬉しそうで。 だから、私もすごく嬉しい。
同時に、ほんとは3年生の部員の手前、はしゃぐのは駄目だから、ここまで連れて来たんだと理解した。 “どうしても、なりたかったんだ”と、意外に強気な真希ちゃんと、ここならきっと見えないだろうから、二人で手をとって思いきり喜びを分かち合う。 さっきまでの、私の捕われていた想いが軽くなる。 なんだか感極まっちゃって、なんだか涙目になってきてるぞー、って思ってたら、目の前の真希ちゃんの眼もちょっと紅くなってて、お互い視線を合せて余計に笑う。
私の気持ちは こうして浮上する やっぱり私は 幸せだ
それは、気持のいい 五月の夕暮れ。
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大きめの瞳を細めてめいっぱい笑うから、上下する目の前の友人の肩。 だから一緒に、肩より少し上で揃えられた、ちょっと茶色い髪も揺れる。 やっぱり、きれいな旋毛だなと、関係ないことを改めて思う。 いい風がふいている。
そして、真希の視線は空を追う。 まだ賑やかな、体育館の出入口の その空間。
それは、気持のいい五月の終わり。
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