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作品名:牧場の歌 作者:史緒

第3回   3
 ※文中実在書籍への記述がございますが、
  自作中人物に準じたあくまで個人的な解釈とお捉えください。



 静まる放送室。
 目の前には一本のマイク。
 スイッチが入ったら、私の心臓の音を拾ってしまうんじゃないかな――って位
緊張してる。
 どーしよ、声・・・きっと震える。
 気休めとは分かっているけど、手の平に人と書いて―――って、人前じゃないから、“マイク”って書くべきかな。
 もーなんでもいいから、呑みこむっ。
大丈夫、真希ちゃんがいいって言ってくれたんだ。
 ここまでっ!?って、ちょっと自分で自分にひいてしまうくらい、ラストで大泣きしてしまった、この本を私は読もう。
 明治の大文豪が第三者的な目でうつしとった、Kの心情が最後の最後でとても切ない、この超有名純文学の傑作を紹介しよう。

 ガラスの向こうからOKの合図。
 マイクにスイッチの入る、ブーっという低い音がする。放送部のタイトルコールと私を紹介する―・・・・音。
 私はこれ以上ない深呼吸をひとつして。

「えー・・・。はじめまして。
 先ほど、紹介いただきました。図書委員の春原(すのはら)翠です」
 うん――声は思ったよりも出る。このまま喋れば、少しは緊張も解ける・・・かもしれない。
「私の紹介したい本は誰もが知っている―

 夏目漱石の『こころ』です。
 
 教科書にも最終章のみ一部抜粋で載っているくらいですので、
 だいたいの内容はもうご存知かと思いますが、
 ―けれど、その全編を読まれたという方は、だからこそ、少ないのではないでしょうか。
 私は、この話を最初教科書で、・・・まだ習ってはいなかったのですが、
 読みたくなって読んだところ・・・その時は、何故これが名作と呼ばれているのか、
 “ぴん”ときませんでした。
 ですので、取りあえず全編通して読めば、
 何か名作と呼ばれるべき理由が見つかるかと思い、
 書架の端でうっすら埃のかぶる漱石全集を借りて読み始めたのです」

―うん。滑り出しは順調。

 と、そう思ったその隙につけ込まれたのか、何だか急に動悸がぶり返してきた。
 
―あ・あれれ。声が ふるえるぞ・・・・。

「そ・・それで、読み始めたところっ。
 最初、その、読み易い方とはいえ、明治の文体と、びっしりつまった文字、会話のすくない心理描写と、主人公の、あまりはっきりしない姿勢にも、共感が持てず、それでも、読み始めたのだからと、中盤を過ぎて・・・・もなお、やっぱり、気持ちはそのままでしたっ」

―う・うわ〜〜〜どーしよ。声がふるえる、ふるえる

「どぅにか、それでもよんで、さいごの50ページ、
 教科書でも習った部分にきます。
 で・でも、不思議なんです。
 もう、すでに習ったはずの、ぶんしょうが、
 さいしょによんだくらいに、新鮮で、そして、

 “そういうことなんだ”
 
 って、組み立てられたパズルの最後、残された中心部分に、
 すとんと、パーツがはまりこむように、意味の重さがわかって・・・ 」

  中心を学んだだけでは、見ることのかなわなかった、私にとってタイクツで
  一見ムダのような、その外側。
  それを組立て見えたのは・・・

「視界がひらけて、その絵の全体が見えたんです」


 それは、ただただ哀しいKの想い

           ― ほんとうは 先生を みる話なのに ―


 孤独で孤独で それでも人を好きになって
 Kは純粋に人を好きになって
 そして、先生に 恋を奪われて・・・・

           ― 人の根底 エゴイズム それすら抜かして ―

それは、恋を失ったと同時に、孤独の世界の中にある、数少ない光であった、
先生をも・・・・

           ― 私は 自分を Kに かさねてしまった ―


ああ、声がふるえる
これ、緊張してるのもあるけど・・・、私―・・・

感極まっちゃってるんだ――・・・・


あれ、げんこう・・・どこまでよんだっけ ?

わかんない、わかんない―・・・

あれ、あれ・・・あれれ・・・



― 「 大丈夫 」


― 「 一言一句ちゃんと読めなくたって 」


― 「 翠が思ったことを、そのまんま 」



そうだよね。 真希ちゃん。

誰でもない、私の感想なんだし。


ほら、も一度、大きく息を吸って。


「だからっ、
 その、私のこの体験を皆さんにして貰いたいんです。
 そして、皆さんがそれぞれで自分なりの結末を、
 物語全部を通して、感じて欲しいんですっ!

 とにかくっ、も〜〜、 読んでくださいっ!!

 いっつも、借りられてることのない、文庫です!!
 全集もあります。
 古本屋でも、百円て〜どで売ってたりしますっ!! 
(って、あ、私、図書委員だったっけ・・・・)

 だからっ、
 も〜〜〜 とにかく 感受性をフル回転させて、読んでくださいっ!
 読んでみてくださいぃっっ!!!!

 それだけですっ!!

 以上っ、  おわりです っ !!!! 」


 だ〜っとまくし立てた、勢いそのまんまでマイクをブツッっとOFFにする。
 遠くで放送委員の幕をしめる声がする。

― あーーー、もう。何やってんだろ・・・・・私。

 椅子に仰向けになって、無機質で規則的になんでかブツブツのちっさい穴あいてて、ちょっと黄ばんだ、けど白い天井を仰ぐ。
 ずっと見てると穴たちがぶれて重なって、広がる深淵への3D。手近な非現実。

― あーー、あそこ、ちょっと破れてる。
 だから、そこだけ重ならない。
 なんか、無性に笑えてきたんで、ふふふーっとしてたら、その様子が気持ち悪かったんだろうな、放送委員の女の子が恐る恐る入ってきた。 まっ、・・いいんだ。


「あのー・・・、おつかれですー・・・」

― あっ、髪さらさら、かわいい・・・。

 私は何とも言えない気不味さと高揚感(あぁ、これって、ナチュラルハイっていうんだろな)のまんま、“はい”とも“はぁ”とも“ははは”ともつかない返事する。

「いやぁー、凄かったですね。さいご」

 あーもう、だめだ。
 これ、だんだん、どうしようもなく、 恥ずかしくなってきた。
 うわぁー。

「そ・そう で すかね。 はは は ・・・ 」

「はい、凄かったです。 ちょっと、ビックリしました。イメージ違って」

 ひいてるね―――、 
 そうでしょ、そうでしょ、私だって ――― ひきますもん

「は、ははは、もー――、
 ほんと、どうしちゃったんでしょうね、私。
 なんか、なんか、ほんとうに、 ごめんなさいぃっ!!」

 うわー、もー、顔が あついー――。

 放送部の女の子がおろおろしてる、(あー、一年生だよねー、ごめんねー・・・)
 でも、私も訳わかんないし、顔熱いし。

「あ、でも、でも、読んでみようって、気になりました。
 私、まだ習ってませんけど。その前に読んでみたいなぁって思いましたっ。
 本気で」

― あー。 ほんと、この子、なんて、かわいいんだろぅ・・・。

 私に気をつかっての言葉かもしれないけれど、じんわりと心に沁みて、後悔から少し浮上する。

「ありがとう」

 強制でなかったら多分絶対こんな場所、たとえ昼休みのみんな聞いてるか聞いてないかわかんないよーなワンコーナーであっても、立てない私に。
 それでも、人に伝えたかった考えを、伝えることの出来る場を与えてくれたことに。
 そして、その勇気をくれた真希ちゃんに ――― ありがとう。

 
 みんなが次の授業に備えだす、休み時間終了およそ3分前。
 見計らっての戻りの教室。
 薄く開けた扉からチラチラと中を確認して、
 すっかり脱力してフラフラと机に向かって、
 ズルズルと席につく私を、真希ちゃんは茶化すことなく、ちっさい拍手で迎えてくれた。
 それを見て、私はちょっと涙ぐんでしまった。

 もー本当、ずるいな。真希ちゃんは。




*



「何、笑ってるの?」

 白い光が射し込んで、埃を浮き出す図書館。
 壁にもうけられた棚に一つの影となって寄り添う二人。

「いや、面白いなと思って」

 くすくすと 朗らかに明るい笑い声、と

「んもぅ、さっき、そんなこと考えてたのっ?」

 拗ねるように甘い声。

「ごめん、ごめん。
 でも、いや〜〜、やっぱり 面白い」

 本気で拗ねた片方が少し高い相手の胸元をひいて、顔をぐいと近付ける。
 そして、甘い言葉をいくつか紡いで、二人はより濃い一つの影となる。



*


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