カラカラカラと自転車をおして下を向き、私は桜の季節を歩むんだ
『 魚の見る夢 −桜 』
私は昔から不思議な力がある。 目に見える物の何もかも、その後(のち)の姿、朽ちた姿が見えてしまう。
目の前の視界を遮り空を貫く出来たばかりの高層ビル。 ── あーあ、このビルもこうなるのか・・・。
別に物や建物、植物なんかはいい。
けど、生き物は・・・なかなか、ひどい。 その姿は尽きる少し前だったり、もう尽きてそれなりの時間が経っていたり多種多様。 ただ、なれの果てということ、それは同じ。
別にこれを私は、予知能力だとかそんな、ミラクル(この表現もどうかと思うけれど・・・)な能力だとは思っていない。 特異なことは──否定しないけれど。
世の中には色々な、到底考えもつかない、病気が五万とあるし。 ──卵アレルギーでさえ私には想像もつかないし、 ──だって卵だよ? ケーキ食べられないんでしょ?
ただ ひどく リアルな ただ ひどく 正確な
この能力とも17年・・・そこそこ長いお付き合いになるので、さすがに対処の仕方も覚えてはいる。
ずっと 見なければいいのだ。 集中して、何かを見つめなければいい。
だから私は人を長い間、じっと見つめることができない。 集中しなければいいのだから、見ることはできる。 見つめなければ、いい。
だから大抵の人は、──見たい顔って、そうあるもんじゃないでしょ? 問題がない。
でも、故にというか、どうしてもというか・・・、いや、自然と 私は人に対して恋愛感情を持つこと、つまりは人を深く好きになることが出来てない。
人は顔じゃないと思うけど、 でも、見えてしまうし、 なんというか感情を詠んだりとかには欠かせないし、 ・・・・第一、好きだったら見たくなるでしょ? ふつう。
もう、こうも永いお付き合いになると、滲み付いてしまって、こっちの習性(ほう)が自然な自分の思考回路。 なので、見えてしまうこと―それに対して自分が可哀そうだとか、そういった感情は浮かばないし、ひどくそういうところはこの歳にしては、きっと渇いているんだと思う。
けれど、そんな私でも、ちょっといいなと想う人はいた・・・。 憧れていた・・・・位だけれど、 だから、やっぱり気を抜いてしまった。
自然と見て、笑って、 笑って、 見て・・・・・しまった。
別に人は、さっきも言ったけど、顔ではない・・・と思う。 私は友達の顔を見つめなくったって、すっごく好きだってわかってる。
でも、 やっぱり別だった。
ゲンナリ してしまった。
ああ・・・・ 結局 こうなるんだね ─────・・・・・・
って。
さあ──っと その瞬間、風が心を吹きぬけて、 次の時には、すっかり想うって感情が遠のいてしまってた。
うん、だから、その人の顔を見ても、もうそんなにがっかりしないし、根本の見つめたいって心も失せて、今もいい交友?関係を続けています。
だから──・・・ いいんだ。 いいんだろう。
けれど、 私は思う。
私が もし、もしも 人を好きになれたなら。
その時は、
その人の色んな抱えていることも、 大丈夫、過ぎ去れば みんな綺麗なものに なるんだからって、
笑っていえる、そんな 自分でありたい。
朽ちていく姿は、 たしかにキレイではないかも 知れないのだけれど、
でも、過ぎていく時は それ以上に 美しいものであると、 笑って 一緒に 思いたい。
できることなら、せめて、 しせんを あわせて。
*
桜がひらひらと舞っている。
私は、彼と一緒に川沿いにずっと続く桜並木の、一歩後ろで自転車をひいて歩いてく。
からから からから 車輪の音が青空に溶けて、 はかない命が風に ゆれる ゆれる。
今でもじっと見つめられないのが、心から悔しくなる 美しい季節。 桜の頃。
彼は 私を 好きだと 言ってくれた。
何故だかは わからないけれど。
私も彼のことは知っていた。 決して目立つタイプではないのだけれど、 よく、笑っている声が休み時間に聞えてたし、 何より朗読の声が、温かくて耳に心地よかった。
「きれいだね──」
彼が言う。
私はその声に ふっとつられて、空を仰いだ。
その瞬間。
風が巻きおこって、 桜が一斉に波になって、 空に キラキラと 蝶の ように 舞った─────
「 わぁ ・・・ 」
彼の温かな声が歓声をあげる。
彼はきっと 笑っているのだ。 ひらひらと舞う この 穏やかな吹雪のなかで。
そしてこの後(あと)、彼はこっちを向いて、私にきっと同意を求める。 だから、私は何時ものように眼を逸らさなくっちゃ、ならない。
でも──、 ちょっとだけ、その顔を見たら ─── ちょっとだけ、そうしてから ─────────
その通り、 気がついた次の時には、 彼は春の光をうけて、 こっちを向いて、私に笑いかけた───
その笑顔が 想像していたよりも ずっと、 何だかずっと、胸にじんときて
私は顔から眼が離せなくなって──────
── やばい・・・っ。
暗転。 桜は消えて、 朽木になって、 きっと路面に目を移したら、 路傍に寄って縮こまる、茶色い花弁があるだろう。
そして、彼は ─────
結局、私は見てしまった。
だいぶ老いてしまった 彼を────
けれど、それでも 彼の笑顔は不思議なことに 輝いて─────。
そして、もともとそんなにいい顔ってわけじゃないし、 見たいって顔だったらもっと違う人を私だって選ぶし、 今や、目の前の彼は、そんなことで比べることすら出来ない程の姿だったけれど、 それでも、 それでも、
誰よりも、 心が好ましいと言ったのだ。
── ああ、 そうか、 私は わたしは、
空から降る 花弁が キラキラとして とても キレイ。
いつしか世界の青さと、花弁を透かす光が戻っていて、
そう ───、 これはどうしたって ────・・・
「 私────、
やっぱり あなたが 好きみたい 」
私の顔は、彼の瞳に映って、 きっと嬉しそうに笑ってる。
彼は、少しきょとんとして、
そして、私と共に目と目をあわせて
「 そっか 」
と、 その 愛しい顔で 笑うのだ。
-End-
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