第一章
「これより第47期王立騎士団入団式を執り行う。入団式はこの度騎士となる諸君に各王立騎士団長、並びに国王陛下よりお言葉を賜り、その後各騎士団への編入を行う。尚、アカデミー出身者は、全員王都騎士団編入となるため、気を付けるように。式の進行はヴェロニア王国軍事参謀長バディアルマ・ラスカルである。諸君には、今後のヴェロニアを支える騎士としての自覚を持ち、この式に挑まれることを期待する。」 ヴェロニア王国には、国家が運営する王立騎士団と、貴族がそれぞれに運営する私設騎士団とがある。王立騎士団には北方騎士団、西方騎士団、南方騎士団、東方騎士団、王都騎士団があり、それぞれの騎士団により役割が違う。特に、王都騎士団は王都の治安維持を第一の任務とするためほかの四騎士団とは性質が異なるのだ。私設騎士団の保有には王家およびヴェロニア王国最高議会である共和会議の認可が必要だ。国家への反乱の恐れはないとされる、忠実かつ実績のある貴族各家が自らの騎士団を保有する。伯爵家の騎士団の多くは王立騎士団の一個中隊程度であるが、公爵家の騎士団ともなると王立騎士団の一騎士団をしのぐ戦力を持つ。それほどの財力を有しているのだ。ヴェロニア王国は建国してまだ100年に満たない短い国家であるが、今のところ周囲の各国からの侵略を受けていないのは、王立騎士団と私設騎士団とがバランスよく国家を守っているからである。 さて、会場には騎士となる者、即ちこの式の主役達と、来賓として、各王立騎士団長・副長、地方騎士団長、国内名家の家長、そして王家が出席している。そうした出席者の暖かい拍手に包まれ、入団式が始まった。 アカデミー出身者は3人隣あわせの席に座りこの式に挑んだ。 「うわぁ…見て!来賓席!そうそうたる面々よ!」 ランが小さな声で囁いた。その囁きに応えアウルスとアルベルトが来賓席に視線を向けた。 「ヴェロニア二大公爵家と言われるティレダー家とラモナ家。侯爵家の方と…何人か伯爵家の人もいるみたいね。王家は全員出席ね。共和会議議員の人は全員いるんじゃない?」 ランの言葉に二人は驚いた。二人は顔をみあわせたが、言葉を発したのはアウルスが先だった。 「なぁ、エルロイさん、君はなんでそんなに貴族のことを知ってるんだい?」 アルベルトも、まさにそこが気になったといわんばかりに頷いて見せた。 「エルロイ家って聞いたことないかな?ヴェロニア王国の南方を守る伯爵家よ。国王から許されて私設騎士団も持ってるのよ。領土が海に面してることもあって、軍艦も保有してるわ。私はそこの次女。父が厳しい人で、自分の娘を自分の騎士団に入団させる気はないって言うから、アカデミーを受験したの。」 そんな話を聞いたことがなかった二人は本当に驚いた。 「あ、だからって勘違いしないで!私は伯爵家令嬢として接して欲しくてこんな話をしたわけじゃないわ。現にアカデミーでは言ったことないし。伯爵家の次女の私と騎士ラン・エルロイは別もの。気兼なくランって呼んでね。」 「それなら僕は、イシュト。同期はみんな僕のことをイシュトって呼んだよ。」 「僕は…アル…地元ではそう呼ばれてた。」 三人は自己紹介を終え、騎士団長と国王の話に耳をかたむけた。その話は既にほとんどが終り、残るは王都騎士団長と国王の話だけとなっていた。 「続いて王都騎士団長ラスカル・ド・ティレドー侯爵よりお話をいただきます。」 バディアルマの紹介を受け、来賓席より立ち上がった騎士はまだ若く、見た目30代に見えた。騎士であれば誰もが憧れる、上下とも白光を放つ鎧、純白の騎士第一礼装、通称グランド・パールにティレドー公爵家の家紋、赤地に黒鷹の紋が大きく描かれたマントを翻し、檀まで歩くと一礼をし、兜をはずした。礼装だけに、ぎょうぎょうしい鎧兜ではなかったが、兜はそれなりに重いもののようだった。兜をはずすと赤茶色の髪を短く刈り込んだ頭が白い鎧に良く映えた。 「この度騎士団編入を許された新騎士の諸君、おめでとう。」 ラスカルの声は柔らかく良く通る声だった。 「私が騎士となったのは今より18年前。14才の時だった。当時は私もガチガチに緊張していた。諸君にはあまり緊張せず、リラックスして話を聞いて欲しい。ここまで、各団長により紹介いただいた騎士団と、我が王都騎士団は、その働きにおいて大きな違いがある。各方騎士団はその方面の国境守備軍である。小競合は日常的に起こり、時には陣を敷いての戦に発展することもある。対して王都騎士団は王都の守りが任務である。普段は治安維持が主な任務となるため、危険は少ない。但し、本格的な戦になれば、敗けは許されない。我々の敗けは国家の敗北を意味するからだ。いかなる時も諦めない魂を、普段の安全な任務をこなしながら磨いていって欲しい。」 騎士を目指すものの拍手にラスカルが送られると、バディアルマが立ち上がり、 「最後に陛下よりお言葉を賜る。」 バディアルマが簡単に述べると、国王が立ち上がった。 ルート・フォン・ヴェロニア三世。王位につき名を廃したが、王位継承者としてはティレシュトと名付けられた。姉を二人持つものの先代の嫡子としては、初めての男子だった。ヴェロニア王国が生まれるより遥か昔、この土地を治めた英雄王ティレシュトの名をそのまま付けられるほどに、待ち望まれた男子だった。 祖父に当たる先々代のヴェロニア一世が内紛を制してヴェロニア自治連邦をヴェロニア王国に改名。周囲の小自治区を取り込み、大国としての産声を上げると、対外からの侵略に備え騎士養成機関としての王立アカデミーを設立。同時に騎士団の編成を行い、現在の王立騎士団を編成した。また、取り込んだ各小自治区からの反乱を未然に防止するため、予め各自治区の長に対し、自治区の大きさに見合った爵位を与え、引き続きその土地を領土として統括するように命じた。中でも、ヴェロニア自治連邦時代にヴェロニア家と同等の規模を誇り、ヴェロニア王国の建国にヴェロニア家と力を合せ内紛を戦ったラモナ家と、周囲の自治区の中でもひときわ大きく、雄大な自治領と豊かな資源を保有していたティレドー家を公爵家と定め、国家運営の基盤を固めた。 父に当たるヴェロニア二世は賢政王と呼ばれ、国内の秩序を確立した。共和会議という国内公侯爵からなる、内政府と立法府を兼任する最高議決機関を創設した。会議の議長を国王自らが就任することで、国を治めるにふさわしい法を作り出した。また、公侯爵家及び力のある伯爵家に対し私設騎士団を保有することを許し、国家の専守防衛といざという時の他国との争いへの力となるよう公約させた。 そしてこの三世である。両祖先に比べ見劣りのする執政であるが、それは既にやるべき事が残ってないからであり、先代、先々代の作り出した国家を堅実に維持している。決して愚鈍と言うわけではないが、鋭敏と言うには遠く、その執政に対する反対勢力さえ存在するとの噂だ。 「私はヴェロニアを今より大きくしようとは思わない。肥大化しすぎた組織はそれだけ多くの壊滅の可能性をはらむ。ましてや力による、占領はその禍根を確実に残す。今は、国力を蓄え来るべき時に備えること。それこそが我が執政の急務と考えている。その為には国内の治安を高い水準で維持し、国民がより住みやすい環境を整え、自給自足を推進する必要性があると考えている。騎士となる諸君には、特に王都騎士団に編入された諸君には、治安の向上にその力を貸してもらいたいと、切に訴える次第である。次に人材の開発である。ヴェロニア王国には優秀な人材が既にいる。しかし、現状では国力増進に向け、まだまだ人材が不足している。私は出身や家系には一切こだわらない。優秀な人材にはそれだけの地位、見返りを用意する。諸君にも、自らの持てる力を以って、更なる飛躍に期待する!頑張って欲しい!ルート・フォン・ヴェロニア三世」 この挨拶に拍手と歓声が上がった。元より野心と技術をもって、騎士を志望した若者の集まりである。こうした、国王からのお墨付きとも言うべき応援に、新騎士達が喝采をもって応えた。一方で面白くないという顔を露骨にする来賓のものもいた。ヴェロニア三世は言葉通りの政策をとっており、先代は優秀だったが、継いだ息子が領土を統括しきれないような場合には、領土の一部を没収し、爵位を下げることがあった。能力が低いとみなされた家臣と、王家の間にはある程度の溝ができたのだ。しかし、逆も然りである。基本的に自治領時代の領土をそのまま受け継いでいたため、能力に対し領土が小さい、爵位が低い家臣に対しては、爵位を上げ向上心を促した。すでに安定期に入ったヴェロニア王国を国土の拡充ではなく、内治の充実により活性化させようという言葉通りの政策である。 その後バディアルマにより、騎士を志望したものが、それぞれ名前を呼ばれ、配属となる騎士団を指定された。アカデミー出身の三人以外は、皆、地方の私設騎士団で功績を上げ、それを認められて私設騎士団長の推薦状をもって、王立騎士となったものであり、実戦経験もある。アカデミー出身者は、生え抜きのエリートとして扱われる反面、現時点では経験のないひよっこなのだ。故に彼等は、安全に、かつ、国内髄一の実力者のもとで経験を積める、王都騎士団に、配属される。そこで、訓練を積みながら、時に簡単な治安維持の任務をこなし、一人前の騎士を目指すのだ。
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