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作品名:シェルズ 作者:iasisa

第1回   1


おいてけぼりを食らったのは僕の方だった。


「由希。もういい加減帰ろうよ。」
「まだ駄目。まだ見つけてない。見つけるまで帰れない。」
普通にしてもツンとした鼻には、自分の意思を決して曲げない強さが見えていた。もう夜だって言うのに目の瞳孔が完全に開ききっている。多分本当に見つけるまでは、彼女は帰るつもりはないだろう。由希はそういう女性なのだ。一度言い出したら最後までやる。例えそれが間違っていたとしても、自分が納得するまで、中途半端では終わらせない。僕にとって彼女は尊敬できる存在。でもそれがまた僕を一段と心配にさせることもある。
彼女が落としたもの。それは、夢である。しかし夢など決して落とせるものではないし、ましてや簡単に拾えるものでもない。それでも彼女は自分の見た夢を探し続けている。
「ねえ、今日はどんな夢を落としたの。」
「・・・」
「ってもう聞いてねえし。」
黙々とありもしないであろう物を探している彼女を見ていると、本当に夢って落ちているものなのかもしれない。僕が暗くなった砂浜の上でそんな考えを巡らしていると彼女はこちらを振り返って 
「ボケっとしてないで、ちゃんと優太も探してよ。私の夢。」
「いや探すって言ったって、形も分からない物をどうやって見つけるなんて言うのさ。」
彼女は困り顔を見せて
「ううんと、色は緑で、形はちょっと丸い。あっ後匂いは私の香水と同じ様な匂い。さっ早く探して。」
無茶苦茶だよ、由希。そうは言いながらも彼女の適当な言い回しに促され結局は自分も探すはめになってしまうんだよね。ぼくはいつもの光景に悲しくなって彼女から時折目をそらす。これが棒の彼女に対する一種の抵抗。それにしても何の音なんだ。さっきからずっと聞こえている。それは僕の名前を呼んでいるような、ただのさざ波に揉まれた潮風の音にも聞こえる。でもどこか悲しくかすれていて、僕は急に不安に晒されて彼女に目線を合わせる。僕は落ち着かなくなりながらも、しばしその声に似た音に耳を傾けていた。しかし、彼女をほわっと眺めていると、いつの間にか音は消えていた。きっと気のせいだろう。そう思うことにして、また彼女から目線をそらし作業に入った。今日の海は、何かがおかしい。休日にも関わらず、人の姿がどこにも見当たらないんだ。メガデスを散歩に連れてくるお爺さんも、パパの休日を楽しみにしている幼稚園児の親子も、好きと伝えられずにモジモジしている澄ました少年も。いつもの光景の中には明らかにたりないものばかりだ。その時、パッチリ開いた熱帯魚が僕の目をのぞきこんだ
「優太、ねえ聞いてる?そっちは見つかったの?」
「あぁごめん。ちょっと考え事していて。まだ探してない。」
急に由希の困り顔が出てきたから正直驚いた。僕はあの表情が苦手だ。いつもあんな顔されたら、なんだって許してしまいそうになる。多分そのことに彼女はまだ気づいてない。僕だけの秘密なのだ。
「もうしょうがないな。真面目に探してよね。」
「ごめんごめん。えっと由希の夢だったよね。」
「そうよ。あたしの大事な日の夢。」
「どんな夢なんだい。その夢ってのはさ。」
「ん〜とね、優太には秘密かな・・・」
「ええ〜じゃ探しようないじゃんか。」
「いいから、いいから。ほら早く探して。」
いっつもこうなんだ。由希は僕によく秘密を作ってはニヤリとしたり顔で僕をみる。彼女にとってはなんでもないような秘密でも、僕は秘密にされるたびに彼女との間にキョリを感じてしまうんだ。僕が今見ている由希は、実はとっても遠くにいるんじゃないか。遠くの遠くで僕に秘密を与えているんじゃないか。僕はとても悲しくなる。今目の前の由希には僕がどう映っているのか。僕はとても不安になる。でもそのたび彼女は僕に笑いかける。やさしく、少し意地悪に。
「じゃこれあげる。さっき砂浜で拾った二枚貝。この貝の片方をあたしが持つから、もう片方の貝を優太がもって。なくしたり、落としちゃだめだよ。優太すぐなくしものするから、心配。」
誰のせいで今探し物をしているのか彼女は分かってないようだ。一度ガツンと言った方がいいかもしれない。僕にそんな勇気があればだが。それにしても、かわいい事をしてくれる。こういう無邪気なところに僕はひかれているのかもしれないな。
「ん〜このへんにはないかも。よし!別々に行動しよう。その方が効率良いと思はない?」
「そだな、じゃ僕は向こうの岩場を調べてくるよ。由希はもうちょっと向こうの海岸を探してみて。」
「りょ〜かいしましたぁ。た〜いちょ〜、では、いってまいりま〜す。」
「幸運を祈るよ、由希隊員。」
二人で向かい合い、ビシッと敬礼した後、由希とはいったん離れた。岩場までは少し距離があったので落ちてあった小さな流木を片手にダッシュした。なんだか魔王を退治に行く勇者なった気分で夢中に走っていた。この神が与えし聖なる剣のおかげで、ちっとも疲れを感じなかったのだ。さっきの彼女に対する嫌な感情がまだ残ってたが、あまり気にせず走り続けた。彼女が気になり一端足を止めて後ろを振り返ってみた。多分彼女も全力疾走していたのだろう。振り返った瞬間、砂に足を取られて大転倒の真っ最中だった。僕は笑うのを最初堪えたが、あまりにも滑稽でつい噴き出してしまった。僕の表情に気付いた彼女は大急ぎで立ち上がり、顔を真っ赤にしてまた走りだした。

少し歩いて行くと、大きな岩場が見えた。見るからにゴツゴツと、厳かな態度でのさばっている。自分が頼りなく感じでなんだかそいつに腹が立った。岩は気楽でいい。存在するだけで価値が生まれるんだもんな。
ここで問題。そこにあって、そこにない。触れると暖かくて、でもどこか寂しい。これなあんだ。正解は由希でした。いつも傍で甘えてくれるのに、不意に僕のしらない遠くの世界を見ている。多分由希は、次に自分が向かう場所をもう決めいているんじゃないかな。僕の知らない世界。由希だけがそこへの切符を持っている。でも僕の分は買ってないみたいなんだ。

岩場の陰に何か光るものが見えて、そっと近づいてみた。それはゴツゴツした岩場の間、柔らかな砂の上にチョコンと座っていた。丸くて柔らかそうな形をしているそれは、色が緑で、ほのかに由希の髪と首の間の匂いがした。

きっとこれが由希の夢だ

 その夢は、キラキラと輝いていた。今に踊りだしてしまいそうなほどにね。やっと夢を見つけた安堵感で一気に肩の力が抜けだした。と同時に、一つの好奇心が生まれた。ちょっとだけ由希の夢を見てみたい。どうせ由希に夢が見つけた事を言ったら、見ちゃだめ!って言うに決まっている。由希のいない今なら、ほんの少しくらい見ても構わないんじゃないかな。でも僕は夢にふれるのをためらっていた。由希の夢に触れること。なにより、そこに僕はいないことを今ここで知ってしまうのが怖かったのかもしれない。
「やっぱり、由希を呼んでこよう。」
なんだかんだ迷った挙句、ゴツゴツと態度の悪い岩場を後にした。いつも怖いんだ。変わること、変わってしまうこと。もう戻ることは出来ない気がして。そんな自分に嫌気がさす。ただ不安になってしまうんだ。男の動物学的習性なのかもしれない。正直そっちの事はよく知らないけれど、そうでも思わないとやってられない。そうして一人で意味のない考え事をして由希のもとへ駆け寄る。

 彼女はまさかカニと闘っていた。しかもジャンケンで。由希は必勝法を見つけたらしくずっとグーを出している。たまに意地悪でチョキを出したりするが、決して負けてはあげない。少しカニが可哀想に思えてきた。由希と闘ったばかりに君は、永遠に勝ち目のない戦いをしいられるんだ。だから今度僕がパアの出し方教えてあげるよ。馬鹿な男同士の約束だ
「あっ優太。どうだった?見つけられた?」
「うん、あの岩場の下にあったよ。」
「なんだあんな所にあったのか。ありがと、優太。」
彼女は笑顔が可愛い。改めてそう思った。気付くと由希は岩場にむかって走り出した。僕を振り返ることなく真っ直ぐ。由希の後姿。優しさの中に強さが現われてるその背中が僕は好きなんだ。
「由希待てよ、僕も行くよ。」
遅れを取らないように早く走りだそうとしても何かおかしい、僕の足が思うように動かない。愛しい由希の後姿が、どんどん遠ざかっていく。僕は彼女に置いてけぼりを食らわされた。もう彼女の姿は見えなくなった。でもね、なんとなくわかっていたんだ。

彼女はまだ僕を忘れてはいない。忘れられずに毎晩泣いているのを僕は知っている。慰めたくて、泣きやんで欲しくて由希に触れてみるけど、そこに僕はいない。僕はわかっているんだ。

彼女の待つ家に帰る途中、車が僕をはねて逃げてった。あまりにも急なことで、一瞬何が起きたかもわからず、僕はただ宙を舞っていた。その間走馬灯のように由希との思い出が頭を疾走した。去年の花火大会、浴衣姿の由希に見惚れていたら、いつのまにか花火は最後の一発になってしまっていた。
「らすと〜」
威勢のいい地元少年野球団が一斉に掛け声をかける。その声に僕は我に返り、今年最後の花火を自分の目に焼き付けていた。夏の湿気で汗ばんだ左手で由希の手を握りしめた。
「来てよかったね。優太、め」
「目?あぁ・・・はい」
彼女の唇はとても柔らかくて涙が出そうだった。それが彼女との初めてのキスで、僕は奪われた形で彼女を受け止めた。由希は僕に体を預け、そのまま目を閉じた。

次に見たのは海だった。僕もよく知っている海。この海に来たのは確か二度目。一回目は前の彼女と。二回目は由希と。僕の地元である千葉で僕はカメラマンになるべく、地道に活動していた。初めてカメラを持った日、そして初めて納得のいく撮影をした日をよく覚えている。由希とはカメラを通じて出会った。正確に言うとカメラのレンズ越しに出会ったのだが。
撮影の仕事の帰り道、あまりにも綺麗な海の夕焼けが視界に広がった。僕はいてもたってもいられず車からおり、夢中でシャッターをきった。風景画はあまり撮ったことはなかったが、がむしゃらにとった。何回も何回も何回も。フィルムもなくなりかけ、ラスト一枚の海を撮ろうとした時、一人の女性が僕のレンズに映った。夕陽の逆行のなかで、風に揺らぐシルエットだけがはっきりと映し出されて、海と夕陽と彼女は一体化していた。僕は最後の一枚に彼女をはっきり映した。ツンとした鼻が印象だったその女性が、大橋由希、彼女だった。今もまだその写真は自宅の引き出しの中に埋もれている。今度久々に見てみようかな。
「おはよう優太。あのね優太にねあげたいものがあるの。」
彼女がそう言い出した時、僕たちは祝結婚2年目の朝だった。朝早くに起こされて一体何をくれるのかと思ったが、そこにあったのは二枚の貝殻だった。
「何これ?海で拾ってきたの?」
あまりに意外な物を彼女は握りしめていたので、僕は拍子抜けしたのを覚えてる。
「うん。あのねこの貝はもともと一つの貝だったんだけど何かの拍子に上の貝と下の貝が別々に分れちゃったみたいなんだ。なんか可哀想だから拾ってきちゃった。だっていつも一緒にいたいのに、無理やりバイバイなんて、ちょっと可哀想過ぎるよ。だからね優太。私が上の貝、優太が下の貝をこれから大事に持ってれば、いつでもこの貝たちは、お互い会うことができるんだよ。ねっだから優太大事に持っててよ。無くしたり、落としたりしちゃだめだよ。でも優太すぐ無くしものするからなあ、心配。」
「そっか、由希は優しいな。わかった、大事にするよ。あっ今日は7時でいんだよね?ちょっと高めのシャンパン買って帰るから、楽しみにしててな。」
「うん!ありがとう!よし今日もがんばるぞい。じゃいってきます」
そう言い残し彼女は会社にでかけていった。でも彼女が僕を見たのはその朝が最後だった。

あまりにあっけなく終わった僕の人生は振り返ってみると、彼女であふれていた。あまりに大きい存在、あまりにも愛しい女性。その彼女が今、何も手につかなくなり、会社と家を行き来する毎日。彼女の魅力である笑顔も、すっかり無くなってしまった。部屋も散らかり、化粧もしなくなり、髪はボッサビサ。今や彼女を誰が見ても近寄りがたいであろう。昔の面影がなくなり、顔に涙の跡はっきり分かる彼女を僕は見ていられなかった。だから僕は彼女の夢に出た。いわゆる愛情出演ってやつ。彼女は決まって海にいて、なにか落し物を探していた。ここは僕たちが初めて出会った海。特別な場所だ。
「なにを探しているの、由希。」
「夢。私と優太の夢。」
夢なんて落ちてるもんじゃない。でも彼女の眼は本気だ。それから僕たちは、僕たちの夢を探し続けた。夢とは記憶だ。花火大会や伊豆の旅行。初めての夜や、初めての朝。手を握った感触や抱きしめられた温もり。そのすべての記憶だ。それらを見つけるには僕が必要だ。僕はまだ逝けない。彼女をほおっておいてはいけない。

でも始まりがあれば、必ず最後には終わりが来る。それはどんな形であれ受け入れなければならないのだ。たとえそれが悲しい終わりでもね。そして今日

由希の夢が見つかった。

わかっていたのに、望んでいたのに、もう死んでいるのに、自然と涙がでた。見つけたのはこの僕。もう終わりなんだな。さざ波に似た声がさっきより大きくなって聞こえた。多分岩の下にある彼女の夢を、由希も見つけたのだろう。僕は呼ばれている。もう逝かなくちゃいけないみたいだ。すでに僕の体は小柄な由希よりも軽くなっていた。

由希が夢を胸に抱えてこちらに走ってくる。泣きながら。彼女はもうわかってしまったんだろう。もう僕が行かなくてはいけないことを。必死で走ってきた彼女ぼくに抱きついてきた。勢い余って彼女からこぼれ落ちた夢が、砂浜に埋もれた。
「優太!待って!やっと見つけたのに。やっと会えたのに。まだ一緒にいたいのに!お願い、いかないで」
「由希、ごめんね。貝殻、ありがと。大事に持って逝くよ。」
涙で溜まった彼女の眼にはちゃんと僕が映っていた。それがなによりも嬉しかった。
「優太・・・もう大好きだから、絶対忘れないから。」
精一杯の彼女の笑顔。僕はやっぱり彼女の笑顔に心から魅かれている。
「色々わがまま言ってごめんね!」
もっと体が軽くなってきた。なんだか由希の顔がぼやける。
「でもあたし優太がいないと何もできないよ!」
ふわりと優しい風が吹いてくる。ごめん由希。もう由希の声、聞こえない。由希が泣いている。
「大好きなの!どこにも行って欲しくなんて無いの!優太!」
貝殻が一つ、砂浜の上に落ちた
「ねえ優太!。」
「優太・・・どこ。」 


     φ


優太がこの前、私の夢に出てきてくれた。でも、あれは夢だったのか未だにわからない。私は夢の中で精一杯彼を抱きしめ、思いの丈を彼に伝えた。彼は泣いていた。初めて見る彼の涙は私の心にちゃんと届いた。私は優太を愛している。それだけで私はこれから生きていける。

「先輩。これ目通してもらっていいですか?」
「ああ了解。どれどれ・・・ん〜なんていうか押しが足りないのよね。こうもっとインパクトのある表紙にした方がいいわね。せっかくの良いプレゼン内容なんだからね。」
「はい。ありがとうございます。もう少し頑張ってみます。」
あれが夢かどうかなんてどうでもいい。だってあの時優太の眼には、私がちゃんと映って
いたんだからね。涙でぬれていても、確かに見えたの。優太の中には私がいた。
「よし、今日も頑張ろう・・・あれっ、そういえば先輩ネックレス変えました?貝殻のネックレスなんて珍しいですね。」
「ああこれ。普通のネックレスじゃないんだ。あっ知ってる?この貝ってもともとね・・・」

 
優太へ
今日もこっちはいい天気ですよ
そちらの空も晴れていますか?


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