翌朝、私の葬式は近所にある小さな葬祭会館で行われた。 やっぱり「葬式」のところで私の「夢」は醒めなかった。
参加者は親族と職場の同僚が数人だけ。 坊さんの読経が流れ、皆が頭を垂れている。 妻の千晶だけはまだハンカチで涙を拭っている。 愛は「私が死んだ」ということの意味が理解できたのだろうか?
やがて葬儀は終わり、私だった体は再び車に積まれ火葬場に運ばれていく。 そしてそれはみんなの見守る中、燃焼炉の中に消えていった。 思わず私も手を合わせてしまったが、自分の遺体に手を合わせているなんて変な感じだ。 だがこれで、「私」という存在は完全にこの世から消えたのだ。 霊魂となった私は、今ここに存在するが、誰にもその存在を知らせることができない。 そう、私は「いなくなった」のだ。 そう思うと胸から熱いモノがこみ上げてきて、思わず涙ぐんでしまった。 思い返してみれば人生などあっという間の出来事だったような気もする。
「おいっ」 いきなりポンと肩を後から叩かれて、私は振り返った。 そこに立っていたのはどこか古くさい詰め襟の制服を着た見かけない青年だった。 「とうとう全部終わったな。」 その見知らぬ青年はにっこりと微笑んだ。
いや、実は私には分かっていた。 その青年が、昨日から私に付き合ってくれていた老人だということが。 そしてそれは私の祖父であることが。 父の実家に飾ってあった制服姿の祖父の写真そのままだった。
「やっと認めたな。私がお前の爺さんだってことを。」 「爺ちゃん、何であなたは私に貴男の正体を伏せていたんですか?それに今までのあの老人の姿はなぜ?!」 「また質問攻めか。」 祖父は愉快そうに大笑いした。 「何事にも手順ってのがあるもんさ。 もし初めから私がこの姿でお前の爺さんだと名乗っていたら、お前は信じたかい? きっとますます混乱しただけだったはずだ。」
祖父はじっと私の顔を見つめながらもう一度微笑んだ。 「でも孫に『爺ちゃん』と呼ばれるのは、いいもんだ。 もっともお前が生まれた時からお前をずっと見てきたんだがな。」
「ご先祖様がずっと見守ってくれている」は本当だったのか? 「『ずっと』じゃない、『ヒマな時に』だ。」 祖父は照れくさそうに頭を掻いた。
「そうやって爺ちゃんは、ぼくの親父も・・・?」 「ああ。ウチは親子揃って、いや、それにしても男は三代揃って早死の家系だな。」 「親父は今どこに?」 「数年前までは時々お前の家で出くわしたものだったが、ここんところ見かけないなあ。 だが忘れるな、あいつはお前の『元・父親』なだけで、いつまでも父親なわけじゃない。 生まれ変わる順番を待っている霊魂を引き留める権利なんて他の霊魂には無いんだ。」 「じゃあ爺ちゃんは?」 「おれ?おれはヒマなだけさ。」
じゃあ私は、これから私はどうしよう? しばらくは千晶と愛を見守るのだろうか?
火葬場から立ち去ろうとする千晶と愛の後を追って歩き出した私の後を祖父が追いかけてきた。 「いいよ、爺ちゃん、千晶と愛は、今後ぼくが見守るから。」 「ここまでつきあったんだから玄孫(やしゃご=曾孫の子)の顔まで見せろや。」 祖父は私の肩に手を回しながらにっこりと微笑んだ。
ー終わりー
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