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作品名:SPIRITS 作者:亀屋萬年堂

第4回   4
納棺の儀も無事済んで夜も更け、親類達は次々と明日の葬式に備えて帰っていく。
愛は「パパと一緒に寝る」とダダをこねてみんなを困らせたが、私の棺の横で泣き疲れて眠ったところで子供部屋のベッドに移された。

後に残ったのは妻と、年老いた母、姉家族と二才下の未だ独身で定職にも就かずフラフラしている弟だけになった。

私の父は30代で交通事故で亡くなった。
私も42才で死んだのだから、若死の家系なのだろうか。

姉、私、弟を女手一つで育て上げた母は、すでに冷たくなってしまった息子の髪を撫でながら、今日何度目になるかわからない大きな溜息をついた。
「親より先に死ぬバカがいるかい?!この親不孝者!!」
唸る様に呟く母親の前で、どうせ聞こえていないことは分かっていながら、私は何度も「かあさんごめん!」と繰り返し土下座して額を畳に擦りつけた。
父を見送り、長男の私まで見送ることになった母の心痛は察するに余りあるが、だからといって今の私は何もできない。

気丈な姉は銀行マンの夫と共に、妻に代わって明日の葬式の段取りを仕切ってくれた。
姉は子供の頃から末っ子の弟ばかりをかわいがったので、彼女に対してはあまりいい思い出は残っていない。
でもやっぱり一番頼りになるのは「ねえちゃん」だ。
私はその「ねえちゃん」の前で、見えてはいないだろうが深く感謝のお辞儀をするしかなかった。

その弟は・・・相変わらず一人で飲んだくれている。
「兄貴も罪だよなあ。こんな美人な奥さんと娘さんを残して逝っちゃうなんてさ〜。千晶さん、オレが力になれることがあれば、何だって遠慮無く相談してよ。」
母や姉や私にさんざん迷惑ばかりかけてきたお前に「力になれる」ことなんかあるのか?!
おいっ!千晶の肩に気安く手を回すな!!!

謝りたい人にその言葉は届かず、感謝の礼も相手には見えず、愛する妻の肩に馴れ馴れしく伸ばされた無粋な手も払いのけられないのが今の私なのだ。
私はいたたまれなくなって外に飛び出し、再びあの公園のベンチに頭を掻きむしって座っていた。

「もう逃げ出してきたのか?」
顔を上げるとまたあの老人が立っていた。
「アンタも余程ヒマなんだな。ボクをストーキングでもしているのか?」
「ヒマだよ、恐ろしくヒマだ。」
老人は苦笑しながら私の横に腰を下ろした。
「全部見えて、聞こえているのにボクは何もできない!これは『地獄』だよ!!」

「そうだ、これがいわゆる『地獄』なんだ。」
「えっ?!」
「宗教によってその世界観は違う様だが、地獄は生前悪いことをした人間が行く世界なんかじゃない。
 死んだ人間は必ず一度はこの『段階』を経るのさ。」
「『段階?』」
「『絶対存在』という呪縛から解き放たれ、どこにでも行ける。五感は保たれているのに、その世界に全く介在できない世界。そこで人は自らが『霊魂』という存在になったことをを学ぶんだ。いわば『地獄』なんてのはその入門教室みたいなもんだ。」

確かに私はこの先輩霊魂のおかげで、「霊魂も悪くない」と舞い上がったり、残された家族に何も伝える術がないことをほんの一日で学んでいる。
だけど死んでいることが生きていることよりマシなことなんて無い。
老人は目を閉じて頷きながら噛みしめる様に言った。

「そうさ、どんな苦しい人生でも生きていることが一番だ。今ならわかるだろう?」


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