20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:Ristorante Delizioso《リストランテ デリッツィオーソ》 作者:you

第5回   Compito〜課題
「これって…」

加納冴子が差し示した場所にはもう一つ名前が載っていた。

<共同経営者 ニコ=サント=瑞森>

「共同経営者って?!どういう事?」

私が驚いて彼女に問いただすと、加納冴子は申し訳なさそうな顔を向けた。

「実は、春日氏はこのお店を共同経営という形でニコ氏と共に運営しておられました」

ニコ…

私はその名前に聞き覚えがあった。
そうだ確か父に紹介された事があった。大柄で大胆な金色の髪をしたイタリア人…父と抱き合っている姿を見て幼い私は凍りついた覚えがある。

「ニコさんて、確か父のお店のシェフでしたよねぇ、イタリア人の」

古い記憶を探りながら加納冴子に確認する。

「はい。ご存知でしたか。彼は春日氏が日本を離れた後氏に変わってこのお店の運営を任されています。つまり実質的な経営者です」

そうだ 思い出した。
彼は父の親友で共にお店を開いた仲間だとも言っていたっけ。

「その二コさんが今お店を経営してるってことは、オーナーさんて事ですよねぇ?じゃあ私は用無しなんじゃないんですか?」

私は最もなことを加納冴子に尋ねる。彼女は私に父のお店を継いで欲しいと言った。そしてそれが父の望みだとも。しかし今の彼女の話では、全く私の存在など必要無いように思える。
父が渡米してから数年二コがお店のオーナーであり、この不況のご時勢でもお店が上手く運営されてきた。今更「共同経営者の娘で〜す。お店を頂きに上がりました〜」なんて現れても、きっと誰一人として認めないだろう。それどころか完全に悪者扱いされるはずだ。

加納冴子にその考えを伝えると、解っているとばかりに微笑んだ。

「大丈夫です。その件につきましてはすでに了承済みです」

「了承済みって?」

「二コ氏は喜んで輪さんをお迎えされるとおっしゃっていました」

私は耳を疑ってしまった。
だって普通常識的に考えても、自分のお店を第三者に横取りされる何て決して気分の良いものでは無い。憤りを覚える事はあっても、喜んで迎えるなんてことある訳がないっ。

「しかしその二コ氏なのですが…」

私の不安が払拭される間もなく彼女は次の問題を私に提示する。
凄く嫌〜な感じがする。耳を押さえたいっ。

「実は現在お体を崩されておりまして、実妹であるMs.アンジェラがオーナーをされておりまして…」

「えぇ〜っ???」

なんだそれは!迎えておくと了解しておきながら本人は休息中って?いったい私はどうしたらいいんだ?Ms.アンジェラって?

「安心してください!」

私がムンクの叫びのように頬に手を当てて言葉を失っていると、加納冴子はそんな私を落ち着かせる為に強い語調で一喝した。

「勿論Ms.アンジェラの方にも話はついております。彼女も輪さんを是非ともお店に迎えたいと仰っております」

その言葉に胸を撫で下ろして溜息をつく。それにしてもなぜ二コ一家は、余所者の私がお店に入ることを、こんなにも手放しで喜んでくれるのだろうか?その事はまだ理解できないが、取り合えずは父の願いが叶えられそうで安心する。しかし今度は私の方に大きな問題が…。

「私飲食店で働いた経験が無いんですけど、オーナーなんて成れるんですか?」

高校生の時と短大時代にバイトは腐る程した。生活がかかっていたから。
書店、新聞配達、期間限定のデパートのギフト売り場に展示会のキャンペーンガール、それに選挙のウグイス嬢…
多種多職の仕事を経験してきた私だが、レストランや居酒屋などの飲食店は一度も経験したことがない。
その問いにも加納冴子は予想していたかのように、あっさり答えを紡いだ。

「はい。その事はもう調べがついておりました。ですから二コ氏にもMs.アンジェラにもしっかりと確認の上了解を得たのです」

なんと聡明な女性だろう。
私は彼女の仕事のそつの無さに感心してしまった。きっと加納冴子は見た目通りにかなり仕事ができる女性なんだろう。その加納冴子がここまで難点を攻略してきたにも係わらず、未だに顔色が優れないのはなぜだろう。まだ何か悪い報告が残っているのか?

加納冴子は続けた。

「お二人と話し合いをさせて頂いた結果、このような提案がなされました」

次はどんなやっかいごとが投げかけられるのか気になり、私は彼女の言葉に耳を欹てた。

「未経験者である輪さんには、見習いとして仕事をして頂いてお店の事を良く知ってもらうことになったのです」

「見習い?」

私は話に食いつく。

「はい。何分レストランでの仕事の経験が御座いませんから、取り合えずは表のお仕事をやって頂いて経営者としてのノウハウを勉強して欲しいと」

それもそうだ。
いきなり今日からレストランの経営者になれ、と言われても何をどうしたら良いのかなんて皆目見当がつかない。それにお店を引き継いだとしても、店がどんな営業形態をとっているのか、従業員は何人いてどんな人達なのかとか全く解らないまま名前ばかりの経営者に私自身も成りたくはない。

頭をフル稼働させて話の内容を整理しようとしていると、加納冴子は私に満塁ホームランばりの決定打を打ち込んだ。

「その間のお給料も住居もこちらで手配させていただきます。あ、それから」

加納冴子は指を三本立てる。

「ここの滞納家賃、3ヶ月分もこちらでご用意致します!」

「えっ!…本当に?」

その言葉に私の単純な頭は考える事をやめた。そして私が出した答えはもちろん

「はい!よろこんで!」

まるで居酒屋の店員の様なセリフが口から勝手に飛び出した。その様子に加納冴子はぷっ、と噴出した。
一見お堅い女性かと思ったが、そんな表情を見せた加納冴子なかなか可愛らしかった。

正直いってこの加納冴子の提案は、今の極貧ホームレスになりつつあった私にとって正に渡りに船。この船私にはタイタニック並の豪華客船にさえ見えるぞ。
少し冷静さを取り戻した後、私は彼女にしっかりとこの提案を受けさせてもらうことを伝えた。しかしまだ加納冴子の顔が晴れない。

彼女はその言葉を聞くと、私の目を鋭さを湛えた瞳で見つめると、もう一度確認する。

「その言葉に二言は無いですか?」

やけに念を押してくる加納冴子。それもかなりの気迫が感じられる。なぜそんなに威圧してくるのだろうか?

「ええ勿論です。私もう決めましたから。どんな事をしても父の望みを叶えます!」

私は加納冴子の迫力に押しつぶされないように、はっきりとした声で意思を伝える。

「どんな事をしても?」

「はい!」

ほんとやけに絡むよなぁ、この人…。





私は加納冴子の絡みっぷりに一抹の不安を覚えて、再度確認する。

「あのぉ、何かあるんですか?」

私の憾は中々鋭いと、友達に言われた事がある。自分自身は全く意識した事が無いのだが、友によると幾つかの武勇伝を残しているらしい。

(まさかこの不吉な予感、的中しないよねぇ)

加納冴子は真剣な私の顔を見ると〈解りました。全てお話します〉と言うと、私の方へ上半身を傾け思い切ったように口を開いた。

その言葉を聞いた私は、正にタイタニックの如く深い冷たい深海に沈没していったのだった。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 2121