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作品名:Ristorante Delizioso《リストランテ デリッツィオーソ》 作者:you

第3回   Eredita〜遺されたもの
死んだ?」


「はい。先日」



あまりにも思いがけなかった彼女の言葉に、頭が真っ白になってしまった私は、ボンヤリとその場に立ち尽くしてしまった。



「大丈夫ですか、春日さん?」


心配そうに彼女は顔を覗き込んで肩を揺する。

放心状態となってしまった私は彼女に肩を揺すられたお陰で、我に返る事が出来た。冷静さを取り戻すと、改めて彼女に確認する。

「父が亡くなったって…本当なんですか?」


彼女はゆっくりと頷く。


「はい。先日滞在先のニューヨークでお亡くなりになりました」


彼女は悼たまれなくなったのか、真摯に見つめる私の視線を避けるように静かに答えた。


「とにかくプライバシーに関わるお話ですから、詳しいお話は表ではちょっと…」

彼女が瞳でドアの中へと促す。


「あ、すいません気が付かなくて。どうぞ」


私はドアを大きく開くと、乙女の部屋とはお世辞でも呼べないほどの、あまり家具が置いてない質素な1LDKへと招き入れた。

◇◇◇


「シンシンプルな部屋ですね」


これが彼女の第一声だった。

「ゴチャゴチャしてるの、あまり趣味じゃないんで」

そう照れながら言うと私は彼女をテーブルの前に座らせて、ここで待つようにお願いした。

私はキッチンへ行くと、棚から来客用のアールグレイを取り出してポットに淹れると
彼女の待つテーブルへと戻ってきた。

彼女はベットの上に転がっていた熊のヌイグルミを枕元に片付けているところだった

「どうぞ」

彼女の前にティーカップを置くと、ポットの中身を静かに注ぐ。

「有難うございます」

一言お礼を言ってからカップを丁寧に持ち上げると、彼女はそれに口をつけた。
それから徐ろに、父の亡くなった過程を私に分かりやすく話してくれた。

話の内容はこうだった。

父である《春日 邦彦》は私が幼い頃より色々な商売を営んでいて、輸入雑貨のお店やレストランなど国内に幾つもの店舗を所有していた。
私が家を出た後も父は経営に尽力していたが、以前からの夢であった海外進出を計るべく、再婚した継母を伴って数年前に渡米したらしかった。

そこでも父はそれなりに成功していたようだったが、日頃の心労が祟り、先日滞在先のニューヨークで突然心臓発作に見舞われて、そのまま還らぬ人となってしまった。

「それで、私が伺わせて頂いた件なんですが」

加納冴子は本題を切り出した。

「調査させて頂いた結果から申し上げますと、春日邦彦氏の遺産相続権は、後添えである涼子夫人と、実子である輪さんのお2人にある事が分かりました」

彼女は淡々と事務的に説明する。
しかし私にはその言葉が入って来ない。

《父が死んだ》

その事実を受け容れる事だけでも、今の私には難しかった。

加納冴子はそんな私にお構いもせず、近くにあった黒いブリーフケースを自分の方へ引き寄せると、中から書類の束を取り出した。

そしてそれらを私の前に広げて置いた。
書類には何か名前のようなものが印字されている。


「こちらをご覧下さい。この書類は全て、生前春日氏が携わっていた事業の権利書です」


〈ラ・フランデール〉〈カフェ ルチア〉〈EL CAMINO〉…………


名前を見ただけでは何のお店か見当もつかないが、その数は私の想像を遥かに超えていた。
その数の多さに私は我に返る。


「これって全部父のお店なんですか?こんなに沢山?!」


「はい。確かにこちらは全て生前春日邦彦氏が経営されていたお店です。こちらも勿論遺産相続の対象です。しかし…」

彼女はその書類を纏めて、まるでマジシャンが手品をやる時のように私の前に綺麗に並べると、左から順番にある一箇所を指差した。

「ここと、ここと、ここと…これらを見て貴女は何か思いませんか?」

彼女が私の瞳を真っ直ぐに見つめる。

「何かって…あっ!」

その全ての場所には

〔代表取締役 春日 涼子〕

と記されている。


「春日涼子!?」

突然その名前を見つけた私は、自分の目を疑った。

「父のお店なのに何故継母の名前が?」

思わず口から言葉が零れる。
私はその名前を見て唖然としてしまった。


春日涼子《かすが りょうこ》

父の再婚相手であり、私の憎っくき継母だ。

私と父の仲を裂き、苦痛な極貧生活に貶めた元凶だ。


「どうして父の会社の代表取締役が、春日涼子なんですかっ!!」


私は怒りの矛先を加納冴子にむけた。
すると彼女は落ち着いた様子で語りだした。



「どうやら、涼子夫人は春日氏が倒れられたすぐ後夫人という権限を利用して、ご自分だけで顧問弁護士である八木氏と話し合われたようすです。今後の会社の全実権について」

「えっ?」

「その際 どのような条件を出されたのかは不明ですが、春日氏が亡くなられた直後にはすでに、氏が保有する全ての店舗が名義を涼子夫人に変えられていました」

「そんな…」

身体中の血液が頭へと逆流する。

(あんの 銭ゲバ女めっ!)

私は下唇を噛み締める。

あの女ならいつかやると思っていた。でもまさかこんなタイミングで本当に行動を起こすなんてっ!

確かに私が実家にいるときから、その兆候は垣間見ることができた。

早くに母親を亡くした私は、父が再婚すると聞いた時不安半分、どこか期待していた。

父は私にとってこの世の中で最も愛し、信頼し、尊敬する人だった。
だからその父が選んだ女性ならきっと自分も好きになれると納得させていたのだ。

新しく来る母はまだ歳も若く大層美しいと聞いていた私は、そんな彼女ならきっと母として、そして姉として同性の良き相談相手となってくれるであろうと一緒に暮らせる日を今か今かと指折り数えていた。


しかし私の願いは無惨にも打ち棄てられた。

確かに継母は若く美しかった。
社交的で、友達にも自慢したくなるほどに。

初めの一ヶ月はまだ幸せだった。

休日には父、継母、私と家族3人で一緒に買い物に行ったり映画を観たり、楽しい時間を過ごしていた。

そんな彼女の仮面が剥がれてきたのは、父が仕事の都合で家を留守にする事が多くなったある日からだった。

屋敷にも慣れた彼女は父の外泊が多い事を幸いに、エステや観劇、旅行と湯水の如く金を使い出したのだ。
外泊する回数も次第に多くなった。

そんな状況が続き私はとうとう継母から相手にされなくなってしまった。

余りにも寂しくて継母に甘えようと夜も寝ないで彼女を待っていた私に継母は薄っすらと微笑んでこう告げた。

「私は貴女の母親になる為に春日に入った訳じゃないのよ。勘違いしないでちょうだい」

あれからもう何年も経っているのに、未だにその言葉は忘れられない。

そして私は家を出る事を決意をした。
家を出て以来私は音信不通となり、春日家の敷居を跨いでいない。



私は自分のいきり立った感情を何とか押さえつけて冷静さを取り戻すと、加納冴子に疑問をぶつけた。

「それって犯罪なんじゃないんですか?だって本人が立ち会っていないんだから!」

(こんな事許される筈がない!あの銭ゲバ女の企みで父が侮辱される事になるなんてっ!)

拳を強く握りしめる。
しかし加納冴子から齎されたた言葉は非情なものだった。

「それが法律上は何の問題も無いのです。名義を差し替えられた当時 すでに春日氏は昏睡状態であり、書類の変更を依頼されたのも氏の配偶者である涼子夫人です。そしてその書類作成に立ち会ったは他でもない春日氏の顧問弁護士であった八木氏だった訳ですから」

「それじゃあ…」

私はがっくりと肩を落した。

別に私は父の遺産やお金が欲しい訳ではない。そりゃ今は金欠病の末期なのだからお金があるにこしたことはない。
しかしそんな事はどうでも良い事だ。

私は父と2人だけで生活していた幼いころから、父がどれだけ自分の店に愛情を注いでいたか知っている。
父は寝る間も惜しんで店や従業員や運営方針を考えていた。
まだ起業したばかりの頃は自分の足で店の立地を調べ何日も家を留守にする事だってあったぐらいだ。

そんな日は布団の中でテディを抱えて1人寂しく父の帰りを待っていた。

新しいお店が1つ建つ度に父は口癖のようにいつも私にこう言った。
そして父は口癖のように私に言ってくれたものだ。


‐―いつか必ず世界一のお店を作って、輪にプレゼントしてあげるからね―‐
と。

それなのにあの女ときたら、そんな父と私のささやかな夢を自分のエゴの為だけに踏みにじったのだ。

「私納得がいきませんっ!今直ぐニューヨークに行って継母に抗議してきます!」

私は勢い良く立ち上がると、クローゼットを開けて手早く着替え始めた。

「ちょっと待って下さいっ!」

制する加納冴子の言葉にも聞く耳をもたない。
身支度を簡単に済ませると、私は鞄を持って玄関に向かおうとする。
化粧はしていないが、そんなもの後でどうとでもなる!

「春日さんっ!」

加納冴子が私を行かせまいとして、腕を強く引っ張る。

「放して下さっ!。私もう決めたんですからっ!!!」

「駄目ですっ!放しませんっ!それに…」

加納冴子は私の前へ回り込むと、入口のドアの前に立ち塞がった。
そして私を現実へ引き戻す。

「お金はあるんですか?」

「あっ、」

私はぴたっ、と立ち止まった。そして消え入りそうな小さな声でこう言って俯いた。

「無い…です」

そしてその一言をいうと俯いた。

そんな私の様子を見ると加納冴子は私の肩へ手を優しく置いた。

「すいません。不躾な事を言って。実はこちらへ伺う途中で、先程の女性との会話を聞いてしまいました。とにかく席へ戻って下さい。私の話はまだ途中なんですから」

加納冴子は力なく立ち尽くす私の進行方向を変えると、席まで連れてきて座らせ、自分も姿勢正しく私の前に座るとこう切り出した。

「ここまでは唯の前置きです」

そう言うと加納冴子は再度ブリーフケースを開けて、今度は茶色い封筒を一冊取り出した。


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