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作品名:Ristorante Delizioso《リストランテ デリッツィオーソ》 作者:you

第15回   Ufficio〜初出勤と遅刻常習犯
「はぁ…」

私は身なりを整えて帽子を被ると、姿見の前で深く溜息をついた。
そしてベッドの縁に腰掛けると、再び溜息をつく。


今日はRistorante Deliziosoの初出勤日。

本来なら、新しい仕事や楽しい仲間と一緒に働く緊張感や期待感で、心が弾んでも良い筈なのだが私の気分は優れない。

これもそれも全てあの《瑞森 レオ》のせいだ。


昨晩私はあの金髪の正体を知った。


そう、あいつは幼い私にあの卑猥なセリフを吐いた《金髪王子》その人だったのだ。


あの屈辱にあった私は、それ以後益々人見知りが激しくなった。

その頃の私は、数店舗を所有している実業家の娘として他人からもそれなりに大切にされていて、父の会社の人間やそれ以外の人達も、子供であった私をレディ扱いし丁寧に接してくれていた。

そんな私が初めて味わった恐怖と痛み。

それがあの金髪王子の一言だった。

それまで、あんな不躾で失礼な言葉聞いた事も無ければ言われた事も無かった。
それも一目惚れをした相手に…。

彼を初めて見たあの時。
片手を出し握手をしようとして、彼の澄んだ藍色の瞳に見つめられた時。

私の小さな心臓がトクンッ、と微かに脈を打った。

きっとあれが私の初恋だったのだ。

なのに、なぜ、あの時、あの後に、

王子様から、あんな恐ろしいミジンコ程もデリカシーの欠片のない言葉を聞かなければならなかったのか!!

そしてあろう事か私は、恥ずかしさとどうしてよいのか分からない気持ちで、彼を思いっきりひっぱたいてしまったのだ!!

今 思い出しても恐ろしい…。


「どうして王子がここにいるのよ…」

私はもう一度嘆息した。

でも考えてみれば彼が居ても当たり前だ。
だってここは彼の父親である二コ氏のレストランで、料理人だった父親と共にこの店で働いていても可笑しくはない。

おまけに昨夜の失態。

勿論 今でも私は間違った事を言っていたとは思っていないし、奴の態度は許せない!
でも奴はこれからレストランで一緒に働くであろうメンバーだ。それも先輩。

接客のせの字も知らない私は恐らく諸先輩方に仕事のノウハウを教えて頂く事もあるだろう。
そしてその中には奴もきっと入っている。

お酒が入って多少気が大きくなっていたとは言え、先輩に喧嘩を売ったのだ。

きっと唯で済むはずがない。


「あ〜憂鬱だ〜っ」

私はベッドにひっくり返った。


カチッ、カチッ、カチッ………

耳元で目覚まし時計の針が進む音が聞こえる。


「いくら嫌でも時間は待ってくれないか」

私は意を決したように勢いよく起き上がると、己の両頬をパシンッ、と一回叩いて気合を入れる。

「ここで負けたら女が廃るってもんよ、金髪王子が何様よ!」


そう言うとテーブルの上に置いてあったワンショルダーのリュックを肩にかけて、自分の部屋を後にした。


◇◇◇◇

初出勤という事で、通常の出勤時間よりも一時間半前にレストランに着いた私は、緊張しながら入口のドアを開けた。


「おはようございます!」

緊張で高鳴る心臓に喝を入れるように大きな声で挨拶をする。

―――……。

しかし挨拶は返ってこない。


「あれ?まだ誰も来てないのかな?」

そう不思議に思いながらも店の中に足を踏み入れる。
と、カウンターの奥のキッチンからなにやら作業をしているような音が聞こえてきた。
どうやら料理の下準備をしているらしい。

「うわ〜、やっぱり料理人て早いんだ」

私は以前テレビで見た老舗の料亭の事を思い出した。
彼等はお客様により手間隙をかけた一流の味を堪能して頂く為に、朝早くから料理の下準備はかかさない。とインタビューで言っていた。

今まさに私はその現場に立ち会っている。

「料亭ではないけど、やっぱり料理作る人って同じなんだな。プロだ」

そんな事に感動しながら、私は二階へ続く階段を上がった。

階段の窓辺には、以前来た時とは又違う種類の花が生けられていた。
今日は深紅の薔薇だ。

「深紅の薔薇かぁ…寮の庭園にも咲いてたなぁ。でも誰が飾るんだろう…」

私はその薔薇を見つめて微笑むと、足早にアンジェラの部屋へと向かった。


◇◇◇◇

「リン!おはようっ!」

アンジェラの部屋の扉をノックして開けると、中からご機嫌な彼女の声が聞こえた。

「おはようございます」

挨拶をして頭をさげる。

「まだ出勤時間としては早いんじゃない?もっとゆっくり来ても良かったのよ」

アンジェラは少し驚いて私に言った。

「いえ。今日は初日なので色々教えて貰いたくて。飲食店は経験がありませんから」

その言葉を聞いた彼女は突然私に抱きついてきた。

(!?)

この行為……
二コ一家の癖なのか?

私はビックリしたまま立ち尽くす。
そんな私にお構いなく彼女は感心したように口を開いた。

「偉いわ リン!流石は春日さんの娘さんね、しっかりしてる!」

そして力強く抱きしめる。

「い、いえそんな事当たり前ですから」

「当たり前?そうねその言葉あいつにも聞かせてやりたいわ…」

「えっ?」

ちょっとトゲのある言い方をするアンジェラに首をかしげると、彼女は「何でもないの」
と言って軽く微笑み、私から離れた。


「そうそう、あれ渡さなくちゃ」

アンジェラはデスク横の棚から少し大きめの袋を取り出すと、私に渡した。

「これはリンの制服よ。シャツが3枚、スラックスが2枚、ベストが2枚、それとサロンが2枚入っているわ」

「サロン?」

私の頭の中に、髪を切ってもらっている自分の姿が浮かぶ。

(サロンて美容院の事だよね?)

不思議そうな顔をしている私に気付き、アンジェラが補足する。

「あ、サロンていうのはエプロンの事よ。レストランでよく見る膝下丈の長いもの。あれを私達はサロンて呼んでるの」

彼女は丁寧に教えてくれた。



膝下丈の長いエプロン――…

ここに初めて来たとき目にした憧れのスタイル――…

(これから私もあの人達と同じ制服が着られるんだ)

自然と顔が緩んでしまう。


「どうしたの?」

そんな私の様子を見てアンジェラがニコニコしながら尋ねてきた。

「い、いいえ、何でもないです!こ、これ隣で着替えればいいんですよね!」

私は慌ててセリフで誤魔化す。

「そうよ。まだ誰もいないと思うから今の内に着替えた方がいいわよ」

「分かりました!行ってきますっ!」

アンジェラにそう言うと私は一礼して部屋から出ていった。


「ほんと可愛くて元気が良い子ね、気に入ったわ」

彼女は嬉しそうに笑った。

そして小さく「spero che」と呟いて人差し指と中指をクロスさせる仕草をドアへ向かってすると、デスクに戻った。

◇◇◇◇

私はロッカールームの前に着くと、バッグからキーホルダーを取り出した。そしてその中から中位の大きさの銀色の鍵を手に取ると、鍵穴に差し込んで回した。
カチャッと言って鍵が閉まる。

「あれ?」

私は不思議に思いながらも、もう一度鍵を回してドアを開けるとロッカールームに入った。

「いいっ?!」

突然目の前に現れた光景に息を呑む。

「おっ、輪じゃん」

そこには今正に制服に着替える為に、Tシャツを脱ごうとして上半身があらわになった状態の信吾君が立ってこちらを見ていた。



カァ―ッ……

恥ずかしくなって思わず目を逸らす。


(ちょっとぉ 人いるじゃないっ!!)

「何 立ち止まってんだよ。早く入って来いよ」

「えっ?」

そんな辛い私の状況に信吾君が気づくはずも無く、彼は親切に声をかけてきた。

「あ、で、でも、着替えてるから…悪いし…」

私が部屋を出ようとすると、信吾君が呼び止めた。

「別に気にする事ないじゃん、男同士なんだし。入んなよ」

「あ、はぁ…」

彼が親切心から声をかけてくれているのは分かるが、この歳で男性経験の無い私には今のこの状況ははっきり言って地獄だ。

目のやり場に困ってしまう。

異性の裸なんて、中学校の体育時間以来だろうか。
それもモノが違う。
しっかりと発育した成人男性の裸体だ。


私が入口でモジモジしていると、信吾君は又私を促して来た。

「とりあえず早く入ってよ。寒いじゃん」

「あっ、」

そうまで言われてしまった私は信吾君に従うしかなく、赤くなった顔に気づかれないように俯いて部屋に入った。

そしてそのまま足早にロッカーの前まで来ると、軽く顔を上げ、自分のロッカーを確認して鍵を開けた。

「変なヤツ」

信吾くんはそう言うとははっ、と笑って着替えの続きを始めた。

(どうしよう。信吾君がいたら着替えられないよ)

私はロッカーを開けて、アンジェラから受け取った制服をのろのろとハンガーに掛けたりしながら、何とか時間を潰せるように努力した。

「お前 何で着替えないの?」

その様子にコックローブのボタンを閉めていた信吾君が尋ねてきた。

「えっ?」

その言葉にビクン、となる。

「あ、お俺…」

何と言って誤魔化そうか…。


「ちょっとシャツのサイズが違うかな〜」………いや。これはどう見てもSサイズだ。

じゃあ、「あっ、忘れ物しちゃった、」とか?……ちょっと急過ぎるだろ。

「実は俺 他人の裸に弱くて」………ってどういう弱いだよ、変態か私はっ!!


事態を誤魔化そうと思考回路をフル回転させて、ボケと突っ込みを繰り返す私に向かって、信吾君が突然大きな声を出した。

「あっ!わかったっ!」

ギクッ、

ば、ばれたっ?

正体がばれたのかと思い、息が止まる。

とその後に続いた言葉は、想像したものと違っていた。


「お前 女みたいな体してるから見られたくないんだろ!輪は貧相な体してるからな、ハハハ」

「貧相…」

軽くショックを受ける。


信吾君はいつもいつも人の気にしている事を直球で言ってくる…
その言葉が乙女の硝子のハートを抉るとは知らずに。


「はははは…」

ショックと悲しさから出た私の乾いた笑いを、彼の答えに対する肯定と受け取ったらしい信吾君は、「そうか、そうか、」と勝手に納得したように頷きながら首に青いチーフを巻いた。

そして

「で〜きたっと!」

腰に白いエプロンを巻くとロッカーを閉めた。

私の目の前には、白一色で纏めた信吾君の姿があった。
首に巻いた青いチーフがポイントとなって、とても爽やかなスタイルだ。

「カッコいい…」

彼の姿を見た私は、思わずそのセリフを声に出してしまった。


何故なら、ガイドブックとかテレビとかに出てくる一流シェフそのものだったから。

おまけに、信吾君の愛らしい大きな瞳と少年のような可愛らしい顔立ちが、清潔感ある白い衣と相まって、益々彼の良さを引き出している。


そんな信吾君を瞬きもせず見つめていた私に、信吾君はちょっと照れながらも嬉しそうに頭を掻いた。

「だろ?俺も結構イケてると思ってんだ」

「いつもの信吾君じゃないみたい」

「は?いつもって…おいおい昨日会ったばっかじゃん輪。お前面白い事いうなぁ」

「あっ!」

私が(しまった!)という顔をすると、信吾君も可笑しそうに笑った。


でも実際、目の前に立っている信吾君は昨日一緒にお酒を飲んだ時の信吾君とは違かった。

あの時の信吾君は22歳という歳相応な、少し幼さの残る今時の若者に見えたのに、今朝の信吾君はなんだかちょっと大人びて見える。

やはりビシッ、と着こなしたコックローブのせいかな?


「やっべぇ、俺ここでのんびりしてられねぇんだ!アンジェラとレオにぶっ飛ばされる!!」

「えっ?ぶっ飛ばされる?」

何やら物騒な事を口走る彼に私は問い返す。

その問いに彼は悪びれた風もなく、一言発した。

「俺 寝坊したの!!」

そして慌てた様子でドアを開けると、疾風の如くロッカールームを去って行った。


そんな信吾くんを見て私は気づいた。

さっきアンジェラが言っていた「あいつ」とは、

恐らく信吾君の事だろうと。


「信吾君て遅刻常習犯なのかも…」

私は信吾君が開け放したままのドアを閉めると、鍵を掛けて漸く着替えに取りかかった。


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