38 突然の 獅子舞・爆竹 癒されて 見舞い客を通して私は患者の一面を知る。鈍感な私にも春人の仕事ぶりが想像できた。男の仕事は晴れ晴れとしている、いや、している感じだ。気持ちがいい。 結婚当初から秋人の仕事は順調だった。といっても仕事の中身を殆ど知らない。新婚早々の頃は秋人も話をしたがったし、私も聞いて楽しかった。どこにもあった話なのかも知れない。 最愛の夫、秋人が家を空けるようになった時でも、私は気にも留めていなかった。料理上手な妻だと夫は浮気しない、と秋人の母親の言葉をなぜか信じていた。 年齢を重ねるに従って秋人の帰りがますます遅くなった。それでも家に夜遅く帰ってから私の料理を必ず食べていた。量を多く食べる人ではなかった。だが必ず美味しそうに食べるから作り甲斐があった。私は料理など家事一切をプロとして請け負っている気持だった。 美味しいものを作る、これが第一。次が健康留意。その癖「メイドインチャイナ」を嫌がらないのはおかしいと近所の主婦たちに言われることもある。中国人はどうしているのだろうか。彼等は日本人の多くが嫌う「メイドインチャイナ」に囲まれて生きている。だったら私も中国産で構わない。 中国びいきの意識などもともとない私だが、そんな「中国産」を考えたりしていた。 春人は、武漢からの薬を飲んでいると私に告げた。上海以外は知らない。春人はどんな伝手で癌に効くという薬に辿り着いたのだろう。「溺れる者、藁をもつかむ」の類だろうが。 春人に試飲して、と言われた。それは断りながら、一方で数年前の上海ツアーを思い出した。 秋人が帰らなくなることも増えてきた時、中国を一度見に行ったのだ。旅行社に勤める高校時代の同級生が上海ツアーチケットが余って困っていると誰彼となく電話していた。私は栄子と二人分で応じた。別に旅行社や同級生を助けたかった訳でない。しかし同級生はいたく感謝した。 私にしてみたら29800円は安かった。「これだけ安いのは、土産店廻りが多いからよ」と、お金のやり取りが済んだ後に、同級生は申し訳なさそうに付け加えた。それでも私にはよかった。ホテルで3泊4日。信じ難い値段だ。飛行機代だけでもそれでは済まないだろう。ホテルは幾ら受け取って私等に食事を提供するのか。まさか腐ったり、毒入りだったりでもなかろう。冗談だが、万一そうした危険物であっても、気分転換だし、実際の中国を少し見られるのなら悪くない。夫に期待出来ないのだから、生きててもいいが、死んでも構わない。そんな気分だったか知れない。 上海豫園の垣根の屋根に長々連なる竜、白い仏陀が横たわったお寺は今も記憶に残っている。土産物屋では一切買わなかった。渡す相手がいないのだから、買う物などなかった。偶々上海にいた日は旧暦の大晦日。だが栄子同様私も旧正月を意識しなくなっていた。二人の気分晴らし旅は食事も気に入った上、おまけの春節の獅子舞、雨霰の爆竹も見た。儲けた感じだった。 だが、春人の好きらしい中国は、私にとって近い存在か否か、体験した今も分らないままだ。
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