35 「生花どけ」つづき
と見た瞬間、殺気立った物音が聞こえた。三和土、居間、座敷と続くありふれた旧家のつくりが開け放たれたまま眼前にあった。置かれたお棺と仮の祭壇がある。よく見るとそのお棺の横に一人の男が仁王立ちしている。こうした場にふさわしくない雰囲気だ。 好まぬ人が紛れ込んでいると指摘している様子だ。お棺の前には訳ありの老女がいた。 聞こえてきた繰言から判断できたのだが、その日、突然亡くなったこの家の祖母の妹らしい。 妹からすれば、たった一人の姉に別れを告げるのは当然だろう。 封建時代にあっても弔いは「村八分」の例外事項で拒否して来なかったはずだ。しかし、それをも認めたがらない人たちがいて当然だ、との考えもあり得ようか。 私の存在に気づいた依頼者、つまりその家の主である女性が、「すみません」を繰り返しながら近づいて来た。人の良さそうな静江と名乗っていた主は、この場の異常な様子について言い訳もした。この場に来合わせた誰に対しても静江ならくどくど説明しそうな感じだ。 聞けば、亡くなった老女の妹の一人息子に娘が屈辱を飲まされ、いわば断絶状態になっていた由。そうした嫌な事情は人の急逝があっても変るはずもない。だから帰って欲しいと静江の娘、家付きの若女は言う。それでその養子である男として妻の気持を汲んでの仁王立ちなのだ。 断絶の理由は分らないが、それにしても正直見たくない場面だ。私は好奇心が強い。しかし、この場面は哀し過ぎる。私は急いで家を出た。初めて仕事を辞めたいと、瞬時思いもした。
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