32 足早な 花散り写真 収め得ぬ 私は仕事を終え帰る時間になっていた。ちょうどその時、出勤前にいつも立ち寄る患者の娘の携帯電話が鳴った。キャリアウーマンと言う感じの娘は、はっきりした物言いである。 「面会謝絶になっています。お見舞いに来ていただいても会えないのです。すみません。」 相手がしつこく頼んでいるのだろう。娘は同じ言葉を何度も繰り返した。 「こんな姿を見せたくないよね、お父さん。」娘は父に言い、私にも同意を求めた。 「うむ。」豊も力なく応えた。仕方なく「そうですね。」私もうなづいた。 「お父さん、以前来てた中国人、張とか言ったかしら。その人だったの。断ってよかったよね。」 豊の口元が動いた。何か言いたかったかも知れない。でもすぐ口をつぐんだ。 「殆どの知人に対して、もはや会いたい気持はなくなっている」、と娘は私に説明していた。 しかし、全ての人に対してそうなのか、例外はいないのか。私は思ったが黙っていた。 「じゃあ、お父さん、行って来るね。」娘は颯爽と出て行った。 私も帰ろうとした。すると豊が何か声を発した。 「張に、会いたかった。」「えっ」私は振り向いた。「あいつが心配でならない。」豊は続けた。 「あいつは私を憎んでいる。だが、電話して来た。何を言いたかったのだろう。」 私は、「連絡しましょうか」と言ってみた。「いや、電話番号も知らない。」豊は自らを引いた。
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