29 「白魚を」つづき
創はありがとうと応えたようだ。淡々と聞き知った時と同じ気持が続いているのだろうか。介護役を果たすことになった私にも、大声を出すこともなく淡々と振舞っていた。 創の子どもたちが全員揃った。創は病院の食事を好まなかった。だから、そうした見舞い客の存在を理由に外の店から寿司と刺身を取った。創は青魚を好まない。カレーやヒラメを好んだ。 その日、私が仕事で病室に着いた時は食べ終わっていた。 皆が帰った後、遠くに住み、その日は病院の横に宿を取った一人だけが残って、創と話していた。創が吐きそうな気配を示した。娘はすぐ洗面器を用意した。気の利く娘である。 すると創は洗面器を拒否した。 「吐いてたまるか」 声こそ小さいが、創の激しい呻き声が聞こえた。栄養を摂って一日でも長く生きていたい。創の強い意志は明確だった。疲れの出ていた娘はその後、ホテルに戻った。 私だけになっていた夜中、創の声を聞いた。私は洗面器を渡した。創は耐え切れず吐き出した。創が好きだと言っていたカレーの刺身が十分には消化されず、胃液に混じって浮んでいた。 私は、真夜中だったが、念のために創の妻の和江には連絡した。 「子どもたちに連絡します」とおろおろした声が返って来るのを聞いた。 翌朝、私は家族の到着を待って病院を出、家に帰った。 夕方、家政婦協会から電話が入った。創が今亡くなったと言う。私の仕事は終った。
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