25 「耳にキーン」つづき
「あなたの声、いいですねえ。私あなたの声を聞いてると、気持ちよくって、元気になれそうです。他人から言われませんか。」夫のことを喋り過ぎたと思ったようだ。一度話題を変えた。 トーンも高い。私は、苦笑いした。気分転換になるのなら、その期待に応えても悪くない。 息子二人は故郷を遠く離れて働いているらしい。相次いで昨日来ていた。しかし、命が亡くなる恐れはない様子。かと言って語らうことなども出来ない。それで、近くに住む妹に託しすぐそれぞれの仕事場に戻って行った由。私は古川の妻の報告にその都度相槌を打った。 娘は母親を乗せ病院通いに付き添っていた。妻はその娘を無視するようにまた語り出した。 「もうあの人が苦労して建てた家は崩すことにしました。」前夜の話し合いでの結論なのだろう。 「子ども達は、現金なものと言うか、執念がないと言うか。モノへのこだわりがないんです。雨漏りの原因も分らなくては、仕方ないです。これから中国人留学生を泊めることもできなくなる・・・。」 「あの人が、お父さんが、退院して来たら、家が無くなっているのに驚くでしょうね。」 「メチャクチャ怒られるわあ・・・・。てもいい。帰ってきて欲しい。大声で怒鳴られたい。」 ケースワーカーの示唆で明日から介護者が交代で来るとか。古川は植物人間ではなかろう。どこかで介護する私を認識していると私は感じることがあった。妻や訓練士もそう言っていた。でも、誰であれ、容易には理解し難いことでもあった。私の仕事も明朝で終る。何も言えない。 「ほんと、いい声。この数日、悲しみを救われていました。」別れに妻の言葉をまた聞いた。
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