24 耳に「キーン」 冷え冷え青空 春未だ
夕方私は病院に出勤した。私の一日が始ろうとする。古川の妻は、私が部屋に入ると、夫の顔を撫でつつの言葉掛けを止め、私に語り始めた。何か喋ってないと心が挫けるのだろう。 「道路にまで枝を伸ばしている桜の木を切ることになり、梯子から落ちたんですよ。息子たちは、誰かに頼みよと言っていたのに、お父さんは頑固だから。こんなことになってしまって・・・・。」 「最初、救急車を呼ぼうと言っても、呼ばなくていい、と言ってたんです。お父さんは。」 「病院に着いてからも、大袈裟にするな、とか言っていたのに。」 「どうしてこんなことになったのか。急に・・・。脳溢血と言われたけど。」何度も聞く言葉だ。 私は気づいた。ひげを剃って貰い青く綺麗になっていた。昨日までは、あごの下の一部で異常に長くなっていたひげもあった。年寄りの多くに共通する剃り落としの名残りだった。 突然の連絡を受けた見舞い客らとも出会う。先に見舞いに来ていた人から様子を聞いたのだろう。矢張り植物人間になっていると思ってか、大した言葉のかけようもない風で帰って行った。 「お父さんは、私より他人に気を遣う人でした。」妻は窓の外を見ながら話を続けた。 「それはどこでも同じですよ」と、無視できず私は応えた。横にいた娘も苦笑いして私を見た。 つられてか、妻が私の方をはっきり向いて、全く違うことを言った。
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