22 ナンテンの 赤と緑の ひっそりの
何も言わない人だ。僅かしかない要求もすべて身振りだった。先程奥さんが持参したナンテンの実に見入っているようにも見える。が、それもよくわからない。頭頂部には殆どなくなっているが、残された白髪は混じり気がない。眉毛は濃い。それも白く長い。妻が帰る時も無表情のままの夫を見て、雇い主の妻は「返事がなくても気にしないで下さい。余り分らなくなってもいますから。」と説明した。どんな人生を歩んで来た人なのか、何も聞かなかったから、分り辛い。それは普通のことだ。ただ若い頃はいい顔で女に持てていたかも知れないと、私に思わせた。 煙草を美味しそうに吸う。その顔がいい。それもぎりぎりまで吸うから指先が熱くなる。声は聞こえないが「あっちっち」と言っているように見える。私が散らかった灰を片付ける時、洋司は苦笑いを返した。見られて恥ずかしかったからだろう。この人は羞恥心も残しているのだ。 私の祖父がいた貧しい農村では、少し賢い保護者がいた場合、二三男以下を、多少無理しても教員か警官にさせた。私は暇そうにしている洋司に、聞き知ったその農村事情を語った。初め無表情だった洋司が、うんうんと頷き出した。案の定だ。私の話を聞いて理解している・・・・。 見舞いに来た人が「教え子だ」と自己紹介した。とすれば洋司は先生だったのか。どんな先生だったのだろう。教え子の中村は、他に見舞い客があったかと聞いた。奥さんと息子さん以外、他は誰も来ない、と知ると、中村は少し怒った。が、「現役でなくなってから長いから仕方ないことか。」と自分に言い聞かせていた。「先生は凄かった。出世もして教育界の有力者だった。その頃は、自分が会いたくてもなかなか出来ないほど、周りに人がいっぱいだった。」と懐かしがった。
|
|