15 中国の日本語専家教員
今でこそ日本人の日本語教員は、中国の各地、日本人の殆どが知らない街にもどこにでもいる。しかし,上海でさえも30年前、1978年日中友好条約が結ばれて暫くの頃は, そうでなかった。 「専家」と呼ばれたのは復丹大学、華東師範大学と上海外国語大学の3人だった。日本人学校も寺子屋的に始められた・・・。 こんな珍しい話を、当事者から,酒を少し飲みつつ私は聞いた。 中国の諺「井戸を掘った人を大事にする」をここでも思い出した。 周りの人との文化の違いの理解を深めながら、しかし「人間皆キョウダイ」の心でいることが何より大事だ。子どもだと逆に母国語を忘れかねないことを気にすべきだし、大人では外国語の習得が容易でないことを認め合うことだ。そして、相手の言語を無視或は軽視しなで、少しでも互いに多くを学び合おうとする意欲が,両者の関係を深める。 直接の指摘があった訳ではない。でも私は話を聞きながら自ら心していた。
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