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作品名:『父の里の牛のように・「福岡拘置所3泊4日の旅」・丑の年の素敵な研修』 作者:あるが  まま

第9回   9  10月9日その4
<9> 10月9日その4

 14時すぎた頃か、ペンも紙も届いてやれ嬉しの頃重ねて嬉しい知らせ。「風呂」だとか。「702番。」キチンと正座して言うのも慣れた。タオルを持って線上に。左向け左で歩く。一緒するのは先の肝硬変氏であった。
 石けんを持っている。手慣れたものだ。「スリッパはいたまま上がる奴があるか。」廊下の一画に脱衣籠が置かれ、足踏場もしつらえてある。その向こうは、臨時の床屋だ。雑役さんが電気バリカンでグリグリ坊主に仕上げている。長くなることがわかっている人たちだろう。

 風呂場は、二室分くらいの家庭用に少し毛のはえた感じの大きさ。湯舟はタイル張り。上から20センチ位の所に、赤いラインが描かれている。すでに何人も入った後なのだろう。それからまた20センチ以上も減っていた。5、6人入れる位か。肝硬変氏は持参の石けんで頭をゴシゴシ洗い始めた。「足と尻をようと洗って入れよ。」と担当さん。「すでに三回肝硬変で倒れたんよねえ。」とつぶやいている。「酒とビールス性の二重パンチよ。」とも言った。「モノを言うな。」早速の達示だ。「ハイッ。」 肝氏の返事は流石に速く明るい。

 ぬるすぎるから、蒸気を送るという。ヒネるとゴボゴボと泡が出てきた。お湯を足すのではない。水を節約することは至上命令なのだろう。房の便所の前の壁には「水を節約すること。流しっ放しにするな。違反すると処罰される」との保安課長の命令書があるのでもそれと知れる。

 肝氏に替わって45歳氏が風呂に入ってきた。「おい、お前はあと3分だぞ、頭洗って上がって来い。」 蒸気はまだ出たままだ。洗い終わって気になったから湯加減を見た。「お前は上がるとやろうが、人の世話などいらんこったい。」と、また声がとんでくる。

 そのまま上がり服を着て房に戻る。

 すでに二日目というので、私らは私服にかえていいことで房下げになっていたものを着ているわけだが、官のものを袋に入れて返すまでにも二度程叱られていた。袋を廊下に出す出し方でも「どこに置きようとか、バカが。」といった類だ。

 風呂から帰って暫くすると「転房だ。」という。どこかに移れるのだ。45歳氏もらしい。風呂場の横は4畳半のテレビ室だ。テレビ以外何にもない。あるのは隣のやっぱり便所と錠だ。 二人で用意がすむまでじっと待っている間、45歳氏は「何でもない小さいことでも叱る…何しても叱られる。」と思わずこぼしてあとは黙ったままだ。

 風呂は、『網走番外地』映画などで昔見たように何槽かの湯舟を次々またいでいくような大きなものを期待していた。だが全然外れた。先刻のを思い出し笑いしてしまった。あれは有名な刑務所にだけ残っているのだろうか。


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