<4>10月8日その3
さて、3舎1階私の房のある所らしい。
まわれ右、右向け右の類をまず教わる。右向け右は、左足のかかとを支点にして軽くそえた右足ごと一気に90度開かねばならない。これが意外と難しい。これまでのクセもあってか左が一歩遅れる。すると大声がとんでくる。45歳氏などは中学卒業この方30年もしかしたら一度もそうした動作の経験がないのかもしれない。何度も何度も失敗した。失敗しては叱られるのである。おかしさもあったが、あまりの言われように哀れにも感じた。
8号室の前に引かれた線に爪先をそろえ、回れ右で房の入口に面する。「702番」と唱えて看守のあけた室内に入った。ここが私の棲家なのだ。 畳が二畳で正方形をつくる。155センチ四方か。入口側にたたきの部分が半分と板の間が半分になった部分は一尺(約30p)巾。奥に洗面台と便所がそれぞれの壁に向かってある。3尺あるかなしかの巾これですべてである。天井は驚く程高い。2間は有に越す感じ、蛍光灯が一基。100Vでは難しいと言われるが万一の感電自殺を防ぐためなのかもしれない。
暫くして、医務室に行くことになった。出るときは坐って番号を唱え、スリッパをはいて出た後、壁に向かって立つことになっている。戸の開くときは正座して待っているが、つい立ち上がって番号を言ってしまう。大声で怒鳴られやり直し。45歳氏も部屋の前にいる。もう一人はすでに何度か経験している人らしい。例によって壁側(房と反対側)に50センチ程の巾をとって黄色の境界線が引いてある。その線と壁の間を歩く。直角曲がりと要所要所での一旦停止。足形にもキチンと足を乗せて次の号令を待つのも時折小気味よく感じたりする。管理の極地であろうか。3階まで上がって渡り廊下を一舎側まで歩きもう一階上に上がる。エレベーターが見えたが、物を運んだり、病人が使用するものだろう。
医務棟になっているのかもしれない。診察室前の壁から回れ右で入口に向き直り一人ひとり入る。入ったらすぐ右に椅子があり、これまた壁向きだ。 白衣の人と普通の制服の人がいる。まず後者の係官が身長(153)体重(52)視力( 2.0 2.0 )色盲(正常)等の調べのあと、またケガや病歴、身体への細工を具体的に聞かれる。そして白衣の前で陰毛の検査。ズボンを脱ぐのかと思っていたら「全部下ろさんでいい」と注意が飛ぶ。ピンセットでつまんでのぞきこむ。毛ジラミや皮膚病の有無を調べているのだろう。
終わってまた黙々と直角、足形、線内を守りながら時折「前につめれ、2番」なんぞと励まされたりで房に帰るのである。
|
|