<2> 10月8日のこと 検察庁では、あえて日延べしてもいいから、拘置所入りはやめなさいと説得された。しかし、教師だから例外にするというのもいけないだろうし、検察庁の方々に心配していただく御好意には感謝しつつ規則通りの”労役”の義務命令に「従う」ことにした。
手続きがすむ間、地下の一室で待つことになった。初めはまだのん気にしていたが待合室はまぎれもなく格子戸及び錠つきであった。驚いたことに、そこには見知った顔の人がいた。そのあと語りかけてきたその警官は、私の教え子であった。「あんな所に行っては行けませんよ」と事情を聞いて言われた。そこでも好意を感じた。
割とタダっ広く、かなりの人数が収容できる長短の木製椅子が5、6列も並んでいたろうか。そのひとつに紙くずが2つ散らかったままでいた。部屋全体はまだ新しくもあり、黄色のトーンで明るい感じである。入口から最も遠い所の一画が便所である。このあとずっと経験することだが椅子と錠と便所、この三種がこれら施設の必需品なのである。
検察庁からの送りの車は立派だった。係官2人と運転手、それに私同様に労役を課せられる一人の男性とが同じ車に乗り込んだ。
どこをどう通ったかウッカリして記憶がない。細目の路地を抜けると大きな扉があり守衛の人が立っていた。門を横に開く間に、係の年配者の方が運転手に、労役2名と係官の名前を告げるように指示した。門を通りすぎて広場を抜け、玄関に横付けした。緊張する。「降りていいですか」と運転手に問う。「諾」の表示があって降りた。係官は所の方と連絡をとっているみたいだ。
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