20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:『父の里の牛のように・「福岡拘置所3泊4日の旅」・丑の年の素敵な研修』 作者:あるが  まま

第12回   12 10月11日のこと
<12>10月11日のこと

 そして朝。今日はもう11日。出所の日だ。鏡を見る。髪もボサボサ、ヒゲも汚い。ここにいるのがふさわしい風貌だ。ヒゲをそりたいと思った。報知器を押す。カタンと音がした。「何だ。」と雑役さん。「もうすぐ持ってくる。今日は出廷か。」と問われる。「多分、休日中にお金を揃えて今朝一番に納金することになっているものですから。」「ああ、労役か。」多分、看守さんにも連絡したのだろう。昨日からいろいろ面倒見てきた若い人が「お前、今日納金できるのか。」と聞く。先刻、雑役さんは普通夕方しか出所はないと経験的につぶやいていて心配していたが、若い看守も期待できる応答はない。それどころか「出所までは今まで通りだからチャンとやれよ。」と念押しだ。
 夜中、誰かが誰かを呼び、それで目が覚めて結局眠れなくなっていた。セキの音や水洗の音、いびきまで聞こえてしまった。若い看守が入ってきたとき「21時から朝まで水洗を使わないように。それで目が覚めて眠れない人がでる。」と注意されたことも実感していただけに、この若い人には頭が上がらない。

 10時前、「納金された。出所の用意をしろ。」と若い人。予定通りとは言え嬉しくて「ハイッ。」と立ちあがって着替えたりまとめたり。便所も含めて掃除はすでに朝の間に完了していたからあまりすることはない。
 ヒゲもそり終わった。慣れない刃物だったせいもあろうが、少し気分が早まったか三、四ヵ所も傷をつけた。形は残ったが、すでに血も止まっている。
 若い看守が言った。「事故は誰でもする。しかし督促は何回もあったろうがそれを放ったらかしにしたお前は悪い。これからこんな所に来ないでいいようにせえ。」私は神妙になって「ハイ。」と答えた。もう二度と来ることはないと思う。自分のものを持って外に出た。「歯ブラシ。」と言われた。三舎から二舎に移るときは、風呂上がりのタオルを忘れかけてとがめられたのにあいかわらずである。走って戻って「スミマセン。」

 荷物検査があった。便箋にギッシリ書いた日記が問題になった。考えなかったわけではないがこの位は大目に見てもらえるかもと期待していた。何度かのやりとりがあって時間がかかった。せめて反省している部分だけでも返してほしいと重ねて頼んだ。責任者らしい人が出てきてやはりダメだという。

 名前と拘置所での番号、本籍、生年月日を問われて最後の確認。返してもらえなかった14枚、四百字詰め原稿用紙でおよそ30枚分、12000字近くの努力が没収されて自分のものにはならない。口惜しくてどうにかしたいと思ったがどうする術もない。時計は10時近くになろうとしている。急がないと仕事が間に合わない。門の所で重ねての確認があった。これで長い三日間の特別の体験もおしまいだ。小雨降る中、走るがごと家路を急いだ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 7617