<10>10月9日その5 「よし、出れ。」い よいよ転房だ。今度はどんな所だろうか。 二階に上がり一棟隣まで歩く。それまでの所は「サンセーカイ」と聞こえる三舎一階であった。今度のは二舎二階である。房の番号は、またしても8号。でも雰囲気が違う。 三舎はグレーが色調であった。が、ここはイエロー。便所と流しの位置が逆になっているのは別に何てないが、前のが床の高さのまま平に便器があったに対し、ここのは簡易アパート式の俗に言う大小共用である。金隠しはどちらもないが、とにかく小便がしやすい。助かった。
「残飯を便器の中や窓外に捨てることは禁じられており、処罰されます。」の保安課長名の張り紙もない。水の節約のもない。
夕食のエール(大声)が聞こえるといつも騒々しい。天婦羅(魚とさつま芋と線切り野菜)とたくわん。とうふ、ねぎ、玉ねぎの醤油味すまし汁だ。
夕点検で叱られた。私服になって初めてだから、ついそのままシャツでいたから上着を着るようたしなめられた。それだけである。三舎とは違った。ここはずっと待遇がよくなっているのかもしれない。
ラジオも自分の房から聞こえてきた。恵まれた場に来たのは確実である。 21時、放送は消え灯りは半減した。昨夜は眠れたが、もう今日は眠れない。それでも我慢だ。自分はやっぱり拘束されているのだから。反転、反転。そのうち眠りについた。 朝、目が覚めた。何時かわからない。でも何にもできない。何もしてはいけない時間なのだ。
窓の外を見る。三舎から見るのと同じだ。独特のブロックが幾何学的にキレイに並んでいる。一ワクは縦16。二階から四階までは14。横に22。ついでに立ちあがって全部数えてみる。左右の端は共に16ずつだ。となると、横の合計は98か。縦は合計58。奇麗なものだ。 二舎と一舎の中庭は何もない。運動場か。眼下にコートがあった。バドミントンかもしれない。ネットを張るためだろう、コンクリートの台座に支柱が立てられるように穴まであけてある。窓のすぐ向こうは格子、横に12、空間は13。13という数字を特別に数えて作ったわけでもあるまいが、意味深だ。縦は3本、従って空間は4つになる。その間に窓が二層に分かれる。
2ー2に転房してきたとき渡された本は山手樹一郎の「天の柱」だった。文庫本で500余。司馬遼太郎に比べたら全く面白くない。荒唐無稽すぎる。でも、こんな機会でなければ読むことはない。後の文芸評(大衆文学論)を考えるときの材料にするか。辛抱する。
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