20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:ざわめき 作者:あるが  まま

第2回   2 報道
その2 <報道> 
 
中国のテレビ局CCTV1チャンネルは、2007年4月11日の温家宝首相訪日に合わせた番組『看日本』『鑑真東渡』らの放映以後も、「日中国交回復35周年記念」を枕詞にして、単発的だが引き続き幾つかの企画をしていた。その一つが、『犯罪を軽くした日本人』であった。日本人嫌いの人にも見て欲しいと思う時は、題名から番組作成者の価値観を推測させない書き方にする。つまり「軽くした悪い日本人」と想像した人にも、「軽くした事実」こそ知りたいと思う人にも、見たいと思わせるのがコツなのだ。

重い病人が、社会復帰を目指しリハビリを受けるまでになった経過を担当医師が紹介する番組がこの局にもある。今回も同じ手法だが、少し違った点もあった。被害女性が意識を回復し社会復帰目前の様子をメインにしているのは同じだ。だが、犯行現場を目撃した一人の日本人へのごく短時間の直接インタビュー内容を加えて、今回この番組の題名にしていた。この名付け方はなかなかだと関係者に思わせていた。

このCCTV番組をヒントにして制作を意図した日本のテレビ局が、当事者である伊丹の帰国を待ち構えたのである。勿論、中国の番組はきっかけを与えただけでしかなく、換骨奪胎した全く別の作品だから、その関連を類推することも意味がない。しかし存在を知らしめた貢献度は大きいと見る人が局内にもいた。

偶々なのだろう。その一ヶ月ほど前のテレビ番組で、日本の少年犯罪と比較しながら、知られざる中国の少年犯罪について、報道していた。R大学の山川教授がコメンテイターだった。彼は、江蘇省蘇州の状況を中心にしながら、中国で犯罪者になる少年たちを具体的事例を基に紹介した。日本の少年犯罪の第一次ピーク時は、犯罪者になる以外に自己主張出来ない言わば貧しさが引き起こす犯罪だった。現在の日本で多数を占めるのは、貧しさとは無縁だとされる少年犯罪者たち。日本におけるこれら異なる時代の両層が同一時点で存在しているのが中国の今日的特徴であること、等を紹介していた。

それらの中国関連報道を受けての次のテーマとして、既に中国のテレビで登場済みではあったが、伊丹の行動を追う作品を考えたものだった。

伊丹の経歴にも興味を持ったのが結城(ゆうき)と言う名のディレクターだった。30代の半ばになる。結城は企画書が会社に通るか気にしていたがそれはクリアしていた。「帰国時の様子の撮影。簡単な直接インタビュー。以後の訪問インタビューの約束取り付け。」と会社には当日の行動予定を出して、許可を受けていた。

朝毎新聞が、「人気の大学を支える人」の連載で、東邦大学を取材したのは知っていた。その担当者は、結城の昔からの友達である。橋本郁夫に電話した。伊丹こそ橋本が追った人物の一人だと分かった。「時間があるから俺も行ってみたい」と橋本は付け加えた。人間違いをしなくて済むには好都合だ。橋本なら、同行させてもいい。その旨、結城は橋本に伝えた。橋本は伊丹二郎のことを好意的に見ていた。一緒に行くことがすぐに決まった。橋本は橋本で、このインタビューに付き合うことで、新しい企画が生まれることも期待した。

伊丹インタビューが好評だったら次の番組を作れるかも知れない。結城はそうも考えていた。兎に角、最初の作品の出来が悪ければ先がないのははっきりしている。

「伊丹二郎さんですね」
「ハイ、そうですが何か。」大学の不祥事か何かを想像したままだった。
「すみません。KRBテレビですが、お話を伺いたいと思いまして。」若い男が自己紹介をした。

「中国で目撃された事件の被害者が回復してきているとか。」
「ハイ。そうですが、それが何か。」応えながら伊丹はちょっと安心した。
「この件を含めて伊丹さんにインタビューをしたいと思っているのです。」
「ハイ。私でよかったらどうぞ。でも今は駄目です。」
「承知しています。突然のことですから。」
「いや、いつでもいいのです。自分の思っていることをしゃべるだけですから。ただ、ここ二三日は、この間の仕事の報告書作りで追われますので無理なんです。」
「後日、いつ頃だったら時間を作っていただけますでしょうか。」
「三四日後だったらいいですよ。」
「じゃあ、その時、大学にお伺いしますが、事前に連絡したいと思います。」
「分りました。」

松野は、テレビ局側と伊丹のやり取りを聞いていた。自分よりは10歳ほど若い学者の応対の仕方に興味を持った。松野の勤めていた学校から伊丹の東邦大学に進んだ生徒はいなかった。疎遠な関係だが、東邦大学そのものに興味を抱いたことは再三再四あった。今後のテレビ放映の中からまた面白いことを発見できそうな気がし、回り道してよかったと思った。

松野は、年配者であっても物怖じしないで関わっている紅の姿を見て気持が晴れ晴れしていた。その上に、更に伊丹を知ることが出来たのである。満足した気でその場を離れようとした。

「松野オー」。紅が呼んでいる。紅も自分がいるのに気づいていたのだ。

友達が「松野先生」と言う時にも、紅だけは「松野」を通した。それは高じて直接松野を呼ぶ際にも「松野」と呼び捨てにしている。今もそうだ。
「オー」。松野も応じて手を振った。

近づくや「ねえ、ねえ今のテレビ何?」紅は聞いた。
「よく分らんが、なんか人助けでもしたのが珍しいのかも知れん。」
「そう。」「あっ、こちら私の叔父で私の国語の先生でもあった松野・・先生。」「こちらは高田さん。私が中国でお世話になっている人。」紅は早口で紹介した。

「よろしくお願いします」と松野も高田も慌てて頭を下げ合った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 9975