その11 <美玲と陽子の再会>
高田陽子は、併せて、美玲らしき人物をテレビの中で観たことを伝えた。
「そうでしたか。陽子さんは凄いなあ。よくぞ見つけて呉れました。美玲は確かにここにいます。あの美玲です。美玲なんですよ。」羅王は興奮を隠さず、再会の事情を語った。「美玲は可哀相な奴です。息子を犯罪人にしたと自分を責めています。」
羅王は仕事の都合で市役所や警察や郵便局、病院など公的機関に行くことも多い。
丹東警察で、内蒙古出身者が犯罪者として刑務所にいる事を偶然聞いた。事件が起きてだいぶ経ってからである。警官は、羅王が以前住んでいたのがモーアルダオガであったことを思い出しての情報提供だった。羅王は商吉郎の名前に聞き覚えもあった。
羅王は刑務所に面会に行った。商傑・美玲の子どもの吉郎だった。父親はまだモーアルダオガにいるが、母親の美玲は丹東に来ていると言うのだ。
羅王は吉郎に名刺を渡し、美玲に連絡するように伝えていた。美玲は羅王が丹東出身だと知らなかった。昔を知っている人に会いたくなかった。それでも、再度吉郎を訪ねてくれたことも聞いた。感謝と懐かしさが電話に向わせた。
羅王は、三ヶ月程経って、美玲の電話を受けた。そして羅王の方から美玲の勤めている食堂を訪ねた。美玲は健気と言ってもいい感じで働いていた。面影は残っていたが、女性としての魅力を欠いていた。歳以上の衰えが哀れを感じさせた。
どこでも就職難である。羅王と言えども仕事を右から左に振り分けることは出来ない。それでも空港の食堂の賄いと掃除であれば何とかなる。給料は余り変わらない。だが美玲の仕事開始を少し遅くすることは出来る。
美玲はモーアルダオガでも可愛がって貰った羅王の勧めを思い切って受けることになったのだ。
羅王は、高田の気持を察し座を立って美玲を呼びに行った。
珍しい人が来ていると言われたが、美玲はあまり人と会いたくなかった。美玲は少し疲れた顔のままの浮かぬ顔で高田の前に姿を現した。しかし高田陽子だと分ってすぐに顔が綻んだ。
高田は美玲に出会えて嬉しがった。羅王は用事があるからと出て行った。高田が美玲にこそ会いたがっていることを察知しての羅王の気配りだと高田は気づいた。が、その好意に甘えることにした。
美玲は問われるまま、今は夫をモーアルダオガに残し、丹東に引っ越して来て羅王の世話で新しい仕事に従事していることをさり気なく話した。
高田は、美玲が息子のことに触れないのをやはり訝った。羅王が「犯罪者」と言っていたから、事情があることは確かだ。言いたくなさそうだから遠慮していた。でも今どこでどうしているのか聞かずにはおれなかった。
美玲の目に涙が浮かんだと思った瞬間、涙は滂沱と流れた。そして苦しそうに話し出した。長い長い話だった。
美玲が気づくことになった端緒での役割を果たした蘇州大学の日本人学生の名前を高田は聞いた。やはり加藤紅なんだ、と分った。
「私、加藤紅さんを知っていますよ。」 「えっ、どうして。紅さんは今どうしてますか。」 「紅さんは今はもう蘇州に戻って学生をしているけど、その紅さんから、伊丹さんと言う人がインタビューに応じているテレビ番組をコピーしたCDを送って貰ったの。東京辺では福岡のローカル番組が見られなかったろうからと言って。その中に出てくる亭亭とあなたの子どもが被害者と加害者として関係していた訳ね。」
羅王がまた戻って来て二人の様子を確かめた風で、そのまま出て行った。
高田は折り重なった不思議な縁を感じていた。
韓国旅行団の丹東入りの場面がテレビで繰り返して放映されていなかったら、美玲に似た人物を見つけることはなかった。自分が丹東に来ることはなかったのだ。美玲と再会できた縁で、紅が大連でこの美玲に会っていたことも知った。そしてこの紅と美玲の出会いが犯罪者吉郎と母親美玲の今に繋がっていることも、高田には分った。 「陽子さん。伊丹さんをご存知ですか。」と美玲は尋ねた。
「いいえ。福岡の大学の先生らしいけど、私は存知あげません。中国から福岡空港に戻った時、カメラのフラッシュを浴びていた伊丹さんをお見かけしただけです。紅さんはもちろん良く知っているみたいだけど。」
突然大きな声が聞こえてきた。 「美玲、あなたの今日の仕事は終りだ。帰っていいよ。後のことはみんなで何とかできるようになったから、陽子さんと色々話しなさい。力になって貰いなさい。」
「そうね。だったら美玲、街に出ましょう。私は娘たちと同じホテルを取っているの。食事はあなたと一緒にしたい。」
美玲は着替えて、同僚に詫びに行った。羅王にもお礼を述べ、高田と久し振りの食事を共にすることにした。
「鴨緑江に行って下さい。」 「どこの鴨緑江。」愛想なく運転手は聞いた。
「破壊記念橋にお願いします。」高田はそれ以外にない気持で応えた。
巨大な残骸の前で二人は降りた。入場券を高田は買って一枚を美玲に渡した。 多くの人が親しむ大河、国境の河鴨緑江は、二人それぞれに深い感慨を及ぼした。鴨緑江の真ん中で断ち切られた記念橋の先端まで進んだ。高田は美玲から先ほど聞いた吉郎の犯罪を確かめた。「自暴自棄」と解説するには重過ぎる事実だった。
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