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作品名:ファントム 作者:ヤナギ

第1回   第一回 目覚め
ふっと目を見開いた。
地に這いつくばっていた。
上を見上げると、白い天井から裸の白熱電球がひとつ、心細そうにぶら下がっている。
真下の固い、冷たい大理石の床の上に、くっつくように横たわっているようだった。
……おかしいな……。
体を大の字にしながら、あたりを見まわす。
見えたものは、大理石の壁、タイル、そして真上にあるシャワー。
窓のない部屋の端には、木で編まれたバスケットが一つ置かれている。
……何かが、おかしい……。
少し頭を持ち上げて、自分の身体を見回してみた。
小さく膨らんだ胸、その先についた乳房、細くやせた身体。
こわごわ右手をあげて、自分の顔を撫でまわしてみた。
やわらかいほっぺたがあり、鼻があり、小さな唇もある。
……痙攣したように跳ね起きた。
もう一度、顔を撫でまわしてみた。
しだいに動かしていた手が止まった。
……誰だろう……わたしはこんな人間を知らない……。
胸の動悸がみるみる高まった。
早鐘をつくように乱れ撃ち始めた……呼吸が、それにつれて荒くなった。
……こんなことって、あるの……。
……自分で自分を忘れてしまっている……。
わたしは誰なのか、ここにどうしているのか、今が今まで、いったいなにをしていたのか、どうしても思い出せない。
バスタブから一歩出て、まわりをあらためて見回した。
自分と同じぐらいの背の鏡が、壁に立てかけてあった。
そこに映った自分の容貌を見て、何かを思い出そうとした。
若い女……。
鏡の表面には、金髪の髪の見慣れない、自分の影法師が映っているだけだった。
横のバスケットには、真っ白なガウンが二枚重ねてあって、その上に真っ赤なリボンが半分沈んでいる。
リボンを取り払うと、なれない手つきで一枚羽織ってみる。
 身を翻して、バスタブとは反対側の入り口の扉に駆け寄った。
ぼんやりとした表情で、真鍮の金具に手をかけて、浴室を出た。


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