ふっと目を見開いた。 地に這いつくばっていた。 上を見上げると、白い天井から裸の白熱電球がひとつ、心細そうにぶら下がっている。 真下の固い、冷たい大理石の床の上に、くっつくように横たわっているようだった。 ……おかしいな……。 体を大の字にしながら、あたりを見まわす。 見えたものは、大理石の壁、タイル、そして真上にあるシャワー。 窓のない部屋の端には、木で編まれたバスケットが一つ置かれている。 ……何かが、おかしい……。 少し頭を持ち上げて、自分の身体を見回してみた。 小さく膨らんだ胸、その先についた乳房、細くやせた身体。 こわごわ右手をあげて、自分の顔を撫でまわしてみた。 やわらかいほっぺたがあり、鼻があり、小さな唇もある。 ……痙攣したように跳ね起きた。 もう一度、顔を撫でまわしてみた。 しだいに動かしていた手が止まった。 ……誰だろう……わたしはこんな人間を知らない……。 胸の動悸がみるみる高まった。 早鐘をつくように乱れ撃ち始めた……呼吸が、それにつれて荒くなった。 ……こんなことって、あるの……。 ……自分で自分を忘れてしまっている……。 わたしは誰なのか、ここにどうしているのか、今が今まで、いったいなにをしていたのか、どうしても思い出せない。 バスタブから一歩出て、まわりをあらためて見回した。 自分と同じぐらいの背の鏡が、壁に立てかけてあった。 そこに映った自分の容貌を見て、何かを思い出そうとした。 若い女……。 鏡の表面には、金髪の髪の見慣れない、自分の影法師が映っているだけだった。 横のバスケットには、真っ白なガウンが二枚重ねてあって、その上に真っ赤なリボンが半分沈んでいる。 リボンを取り払うと、なれない手つきで一枚羽織ってみる。 身を翻して、バスタブとは反対側の入り口の扉に駆け寄った。 ぼんやりとした表情で、真鍮の金具に手をかけて、浴室を出た。
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