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作品名:椿 作者:かあこ

最終回   1
「ねぇ、笑わないで聞いてくれる?

 あたしがまだ小さかった頃、眠るのがすごく怖かったの。

 だってさ、眠るって事は意識を失う事でしょ?

 そうしたらさ、今生きてるかどうか私にはわからなくなっちゃう。

 だから毎晩泣きながら祈ってた。

 「神様、あたしはまだ死にたくないです。明日も目が覚めるようにして下さい。

  もっともっとイイコになります。約束します。だから、お願い。」

 眠るまでソレをずっと繰りかえしてたんだよ。今のあたしとじゃ大違いだよね。」


椿は吸っていた煙草を灰皿に押し付けると僕を見ながら呟いた。


「あたしは死にたい訳じゃないの。ただ消えてしまいたいだけ。」


僕はあの時、何て言えば良かったんだろう?

椿が欲しかった言葉は何だったんだろう?

ずっと考えているんだけど未だにわからないんだ。

でも僕は椿が本当に大好きだった。

それだけは信じて欲しかったよ。





椿と初めて出逢ったのは、僕が1人になりたい時に行く釣堀だった。

悪友とはしゃいでバカをするのも楽しいし、面白いゲームだって沢山ある。

可愛い女の子と楽しく戯れることだって大好きだ。

けれど、垂らした釣り糸をボーっと見ながらMDで音楽を聴く、このゆったりとした時間が僕は1番好きなんだ。

例え「ジジイかよ!」とバカにされようが、「ダサい。」と罵られようがね。

その日、僕は何も考えたくなくて釣堀に出掛けた。

いつ行っても僕以外の客は誰もいなかった。こんなので経営は大丈夫なんだろうか?

料金を渡すと受付のおばさんは無愛想に竿と餌を渡してくれた。

いつもの事だ。「笑う門には福来たる」って言うのにな。

案の定、誰もいなかった。けれど何故か釣り糸を垂らされたまま放置されている竿があった。

気にはなったけど僕はいつもの位置に座って釣り糸を垂らした。

MDを再生していつもの様にボーっと釣り糸を見ていた。

10分経っても釣り糸が動く気配は全くない。まぁ、魚が釣りたい訳でもないから別にいいけど。

ポケットから煙草を取り出して火を付けようとした瞬間、煙草が口から消えた。

横を見ると女の子が僕の煙草に火を付け美味しそうに吸っている。

僕は何が何だか訳がわからなかった。

他人に煙草を取られた事もだけれど彼女の雰囲気というか、ファッションというか。兎に角、変わっていた。

ブロンドの髪、真っ赤な唇にはピアスが3つ付いていた。そして煙草を持ってる手の爪は黒で塗りつぶされている。

おまけに毒々しいまでのピンク色したワンピース。しかも超ミニ。

セクシーを通り越してただのBitchにしか見えなかった。まるで外国、ロンドン辺りの売春婦だ。

ただし、靴を除いては。

何故か靴はボロボロになったハイカットのコンバース。

意表を突いたセンスだった。というか、見た事のない人種だった。

少なくとも僕が好きになるタイプの女の子じゃなかった。

とりあえず僕はMDを外して彼女に言った。


「今、吸ってる煙草。それ。僕のなんだけど。」


彼女は悪びれる様子もなく答えた。


「知ってる。貰った。ついでにあと2,3本頂戴。」


僕は比較的、温和な性格だと思ってる。喧嘩も殆どしないし、相手の話もちゃんと聞く。

けれど、知らない女の子に煙草を取られた上に「まだ欲しい。」と言われて渡す程お人好しな性格でもない。


「悪いけど、自分で買ってくればいいんじゃないのか?」


そう言うと、彼女はこの世の全てを憎むかのような顔で答えた。


「買えるなら買ってるわよ。さっきまで探しに行ってたもの。1時間は歩いたわ。

 でもね、どこにもないのよ!自販機も、コンビニも。

 今のこの時代にどうすればここまで未開の地が出来るのか甚だ疑問だわね。」


こんな田舎の、しかも人が余り来ない釣堀の近くにそんなものある訳ないだろ。

と言おうとしたけど、面倒なので1箱あげる事にした。


「じゃあ、2箱持ってるから1箱あげるよ。」


封を切ってない煙草を彼女に渡すと、彼女はお礼も言わず、


「ねえ、インポでしょ?」


と真面目な顔で僕に言った。余りの唐突さに呆れながらも「違うよ。」とだけ答えた。


「だってメンソール吸うとインポになるって聞いたよ。」


一体、いつの時代の話だよ。それが本当なら世の中の男はメンソールの煙草なんて絶対吸わない。

自分からインポになろうだなんて普通、思わない。


「煙草貰ったんだし、満足しただろ?帰りなよ。」


僕は彼女のペースに巻き込まれて疲れたくなかった。面倒な事は大嫌いだ。

彼女は何かまだ言いたそうだったけれど、僕はイヤホンを耳に戻し、インポにならないメンソールの煙草に火を付けた。

釣り糸はまだピクリとも動かない。

ふと放置されたままの竿を見ると、僕を睨んでいる彼女がそこに座っていた。

釣堀の穏やかな空気なんて一片もそこにはない、何だかシュールな光景だった。

しかも彼女はミニのワンピースを着ているくせに、思いきり足を広げていて下着が丸見えだ。

何つー女だ、羞恥心の欠片もないのかよ。


「ねぇ、パンツ見えてんだけど。」


僕は興味のない振りをしながらそう言った。

すると彼女は僕を小馬鹿にした様に笑いながら言った。


「だから何?」


どうやら全然気にしていないみたいだ。


「いや、別に。見えてるから見えてるって教えただけだよ。」


「あっそ。」


「気にしてないなら別にいいよ。」


彼女がいる限り僕はリラックス出来そうにもないので帰る事にした。

今、帰るのは彼女に負けた気分がして悔しいけれど。

釣竿を片付けて、残った餌は千切って釣堀の中に放り込んだ。


「ねぇ、帰るの?」


彼女はまるで捨てられた子猫の様な瞳で見ながら僕に聞いた。

君がいるとリラックス出来ないから、なんて言える訳がない。


「釣れそうにないからね。お先に。」


そう言って通り過ぎようとすると彼女は僕のTシャツの裾を思いっきり掴んで離さなかった。


「・・・・・何?」


「今日、泊めてくれない?」


彼女は友達に「今度、rutsのCD貸してよ。」と話しかけるようなノリで言った。


「は?」


「今日、あんたん家に、泊まる事にした。」


今度は、まるで3歳児に話しかけるようだ。

しかも今度はお願いじゃなくて決定事項になっている。


「悪いけど他人を家に入れる趣味はないから。」


普通、断るよな?よっぽど女に飢えて風俗に行く金もない男でない限り。

僕には恋人がいる訳じゃないけど、それ程女の子に困ってる訳でもない。

彼女は眉間に皺を寄せて僕に中指を突き立てながら


「腐れインポ!」


と叫んだ。訳のわかんない彼女にこれ以上関わるのはごめんだ、さっさと帰ろう。


「Tシャツ離してくれよ、帰るんだからさ。」


「泊めてくれるなら離すよ。」


「あのなぁ、知らない男に着いてっちゃ駄目だって教わらなかったのか?」


「知らない男じゃないよ、煙草貰ったもん。」


「君さ、まともじゃないよ。自分の家に帰れよ。」


「ねぇ、まともな人間ってなに?まともな生き方ってなに?」


言葉に詰まった。何が”まとも”というモノなんだろうか。

けれど、初対面の男の家に泊めてくれと言うのは”まとも”じゃないのは確かだ。


「何されても文句言わないなら来れば?後悔しても遅いよ。」


「やっぱり行かない。」と言う言葉を心待ちにしようとした瞬間、彼女は間髪入れずに言った。


「別にいいよ。さ、帰ろうよ。」


僕が外国人なら「オーマイゴッド!」と叫びながら頭を抱えたい気分だったけれど、僕は日本人だった。

彼女は竿をさっさと片付けている。そういう事はちゃんと出来るんだな。変な感心をしてしまった。


「行くよ。」


そう言うと彼女は少し大きめのバッグを持って歩き出した。

僕はわざと大きな溜息をついてから自転車に乗った。


「後ろ、乗れば?」


「君の名前は?」


「椿。」


「それ、本名?」


「そうだけど、何?」


「いや、別に。」


椿はでたらめな、もしくはすごくマイナーな歌を歌って自転車の後部座席に乗った。

「いつもこうやって泊まる所さがしてるの?」

そう僕が聞くと

「たまにね。後は野宿か漫画喫茶。」

そう言って煙草を吹かした。

たまにこういう事するのかよ、襲われたりしないのかよと聞きたかったが2,3日泊めたら椿は満足して帰るだろう、そう僕は思っていた。

それが大きな勘違いだという事も知らずに、少し憂鬱な気分になって自転車をこぎ始めた。

30分程して僕の家に着いた。

「あー、疲れた。」

自転車をこいで疲れたのは僕なんだけどな、椿はただ後ろに乗って鼻歌を歌ってただけじゃないか。

面倒臭いので言わなかったけど。

僕の部屋は2階の角部屋だ。

リズムよく階段を駆け上がると、やっぱり椿を入れるのを躊躇した。

「本当に何されても知らないからな。」

椿は平然とした顔で

「わかってるよ。何回同じ事言えば気が済むの?」

と言った。

もうやけくそになった僕は椿を部屋に入れた。

「へー、綺麗にしてるね。もっと汚いかと思った。案外、潔癖症?」

椿はそう言うと、勝手に部屋に上がって荷物を置いてくつろぎ始めた。

「コーヒーが飲みたいなー。」

どこまで図々しいんだ、この女は。

「わかった、インスタントでいいなら入れてやるよ。」

こうゆう断りきれない所が僕の短所だった。

「何でもいいよ、濃いーやつ入れてね。」

濃い目のコーヒーを椿に渡してやるとすごく美味そうに匂いを嗅いで1口飲んだ。

「美味しいね。」

椿の好きなものは、煙草、コーヒー、Bitchな洋服とコンバースらしい。

「あたし、どこで眠ればいい?」

椿がそう聞くので

「ベッドで眠ればいいよ。どうせ2,3日で追い出すつもりだから。」

そう言うと、椿は

「2,3日で追い出されるならベッドは嫌。あたしが帰りたいときに帰るよ。だからソファーで寝る。」

そう言った。

どうにかして帰りたくなるように仕向けなくちゃな、でもどうすればこの手強い相手を追い出せるだろう。

僕には追い出す自信がなかった。けれど、バイトもあるしちゃんとベッドで眠れる事は嬉しかった。

2,3日の間、椿は部屋から1歩も外に出ようとはしなかった。

ただソファーの上で音楽を聴いてるだけだった。

僕がご飯を作っても

「いらない。お腹空いてない。」

そう言うだけだった。

「何が食べたい?」

椿にそう聞くと

「マーブルチョコ。」

と答えた。今日はバイトだ。帰りに買ってきてやるか。

追い出す事も出来ない僕はこの奇妙な同居生活を当たり障りなくやっていこうと決めた。

バイト先から帰った僕は椿にマーブルチョコを渡した。

ありがとうも言わず、机の上にマーブルチョコを全部出して椿は唱えた。

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な・し・に・が・み・の・い・う・と・お・り。」

神様は信じなくても死神は信じてんのか。

椿はカラフルなマーブルチョコみたいだ。

つかみ所がなくて、それでも何となく可愛くて、甘い香りがする。

そう思うのは僕だけかもしれないけど。

ある日、バイト先から帰るとキッチンで手首から血を流して座り込んでいる椿がいた。

僕はスニーカーも脱がずに椿の元に駆け寄った。

「椿、お前何やってんの?」

「あぁ、おかえり。」

「おかえりじゃねーよ、血が出てるじゃん。何してたんだよ。」

椿はタオルで止血しようとする僕から離れた。

「いい。深い傷じゃないから。自分で切ったんだから放っておいて。」

「は?自分で切った?何やってんだよ。死ぬつもりかよ。」

「死ぬ為じゃない、嫌な事から逃げる為にやってる。

 薬が効かなくて、切る。切っても嫌な言葉は思い出す。眠りたくて一杯お薬を飲む。

 現実から目を逸らしたいだけ。」

「何やってんだよ、とりあえず消毒させろよ。」

強い口調で僕が言うと椿は渋々手を伸ばした。

「現実から逃げたいなら逃げれば?でもどうせ逃げ切れないよ。」

消毒しながら僕がそう言うとありすは

「そんなの全部わかってんの。でも、心がついていかないの。

泣けばこんな事しなくて済むかもしれない。でも、あたしは泣けない。

泣き方がわからない。どうすれば自然に泣けるのか全然わからない。

泣ける女の方が泣けない女よりタフに出来てる。」


そう言ってキッチンの隅で膝を抱えたまま何も言わなくなった。

椿の言う通りかもかもしれない。

泣ける女は強い。

泣けない女はただ我慢するしかないのだ、苦痛から。

逃げ出したくても逃げだせないのだ。

椿が居付いてもう1週間になった。日常が非日常になっているけれど、少し楽しかった

2人で食材の買出しに出掛けた時、嘘っぽい笑顔を貼り付けたおばさんに話しかけられた。

「あなた達、少し時間あるかしら?30分程度話を聞いてくれたらお礼に図書券5000円分あげるんだけど。」

僕は無視をして通り過ぎようとしたのに、椿は

「2人で5000円分?1人5000円?」

と興味を示している。椿が読書してる姿なんて見た事がない。

それにそんなのに着いてったら本当に何をされるかわかったもんじゃない。

「椿、時間ねーんだから行くよ。」

「時間なんて一杯あるじゃん。30分我慢すればいいだけでしょ?行こうよ。」

「僕は行かないよ。」

「あっそ。じゃあ1人で行く。」

「わかったよ、一緒に行く。」

椿1人で行かせたらどうなるかわかったもんじゃない。渋々、僕は2人の後を付いてった。

僕達以外にも図書券5000円分に魅せられた仲間が10人くらいいた。

10分程して何だか奇妙な衣装を身にまとった男性が出てきた。

「今、この世界は悪に満ちています。私達は皆さんを救いたいのです。」

何だ、宗教の勧誘かよ、あの時必死で止めれば良かった。僕は心底後悔した。

多分、教祖様だと思われる奇妙な衣装を観にまとった人が張り付いた笑顔で

「皆さん、ここに来られた事は大変幸せな事であります。一緒に幸せになりましょう。そして本当の居場所を見つけましょう。」

そう言った時に突然椿が叫んだ。

「自分の価値観とやらをあたしに押し付けないでくれる?

ポジティブ思考?自分らしく??あんたら皆アホですか???

前向きな人間ほど他人を傷つけるのが得意なんだよ。

宗教がかった目をして、自己啓発の本を読んで何が自分らしくだよ。

本当の自分も本当の居場所もどこにもないことわかってるくせに。

もう人生を自分で設計する必要がなくなる。

そこだけだよ、あんた達の良い所は。」


椿は図書券5000円分の為にここに来た筈なのに、教祖様とやらを目の前にしてそれを全否定してしまった。

それでも僕は椿の言い分の方が正しく思えて笑ってしまった。

まだマイクを片手に叫ぼうとする椿とその隣で笑っている僕達2人は勿論、信者の方に追い出されてしまった。

約束の図書券も貰えずに。

どこにだってそうだけど世渡りが下手な奴っている。

それが今の僕達2人だった。

世の中は腐ってる。だから、早く、逃げなきゃ。行かなくちゃ。

−−−−−デモ、ドコニ?


2週間経っても椿がまともな食べ物を口にしている所を僕は見たことがなかった。

僕が「何で食わないの?」と聞くとありすは「食べない訳じゃない。食べられないだけ。」

そう言って全米進出に見事成功したPUFFYの歌を口ずさんだ。

♪トキオー、アモラウェー

少し時間をおいて椿はこう言った。

「あのね、自分に不安や緊張があった時、その緩和策として過食・拒食という行動を学んでしまい、それが癖になってしまったという事。

癖と云うには行動として過激でグロテスクだけどね。」

そう言って、コーヒーを飲みながら煙草を吸った。

「理解されようと願ったり、理解されないからって拗ねたり、反抗したりするのは弱さ故の甘さだよ。

ま、全部三島由紀夫の受け売りだけど。」

そう付け加えた。

次の日、目が覚めると椿はいなくなっていた。バッグがある。椿の姿が見えないだけだ。

椿がいなくなった間に僕はずっと気になっていたバッグを広げた。何が入ってるのか知りたかったからだ。

洋服、化粧品、MDウォークマン、そして分厚い日記帳だった。

僕はこっそり椿の日記を読んだ。


○月△日


「それ見たことか。」パパ、貴方もそう言うの?

「あたしが悪いの。」ママ、貴方はそう思うの?

でも、私を見捨ててる事、本当は知ってるんだよ?




○月△日

そんなに私はあたしが嫌い?

違う。

消えて欲しい?

違う。

ただ、今苦しくて仕方がないのをどうにかする方法がこれしかわかんない。

拒絶されるのが、否定されるのが、怖いから

私はあたしを傷付けるしかない。

ごめん。




○月△日

上手くいくよ。

早く消えろよ。

まだ大丈夫だよ。

もう無理でしょ。

色んな声がするのに笑い声にかき消される。

同じ繰り返し、自分に吐き気がする。

TVもMDも向こう側からしか聞こえない。



○月△日

バカじゃないの?

何やってんの?

逃げてんだろ?

楽だもんな、病気のせいにすれば。

いーよな、お前は。

ブルーになってればパパやママが助けてくれるんだろ?

五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。五月蝿い。

早く眠りたい、もう何も考えなくて済むように。


次のページに殴り書きのようにしてこう書いてあった。





誰からも愛されない。

愛されるはずがない、実の親ですら愛してくれなかったもの。

ましてや他人に愛されるはずがないよ。


見てはいけなかった。

僕は後悔しながら元通りバックにしまいこんだ。

数時間後、椿は帰ってきた。

「どこへ行ってたんだよ?」

と聞くと

「散歩してたら迷子になった。」

という間抜けな返事が返ってきた。

とにかく、無事なら良かった。口が裂けても絶対言わないけど。

椿は煙草を吸いながら、マーブルチョコを広げながらこう言った。

「人はね、誰からも必要とされなくなると消えちゃうんだって。」


「それ、”ウサギは寂しいと死んじゃう”ってのと勘違いしてるんじゃない?」


「違うよ、本当に誰からも必要とされなくなると消えちゃうんだよ。」


「わかった、わかった。それより、椿煙草吸いすぎ。肺癌になるよ。」


僕は椿の話より椿の煙草の量の方が気になっていた。


「ヘビースモーカーの私にとっちゃ肺癌で死ぬなら本望だよ。

それに死ぬ奴は死ぬ、死なない奴は死なないんだよ。」


笑いながら、冗談か本気かわからない台詞を煙と一緒に吐きだした。

TVと付けると売春婦が話をしていた。

「勇気がなけりゃこの世界はやっていけません。」

そう言ったのを聞くと

「売春するのに勇気なんて必要ないよ、ただ単にモラルとお金の問題。

そこでする奴、しない奴に分かれるんだよ。」

椿はそう言って窓の外を眺めた。

椿が売春してようとしていまいと僕には関係がなかった。

今、椿がここにいるというだけで良かった。

今日、バイトから帰ったら椿はまた手首を切っていた。

「やめろよ、そーゆうの。」

大人しく消毒されながら椿はこう言った。

「切ると安心するの。

誰もあたしを必要としてくれない。

自分では頑張ってたつもりだった。

でも親に「産むんじゃなかった。」って言われた時にもう何をどう頑張ればいいのか全然わかんなくなった。

でもね、今の自分ではもう愛してもらえないってわかった時、迷いが吹っ切れたの。

ううん、迷いが吹っ切れたというより終わろうって思った。

もう、こんな自分いらないって。私は自分を見捨てたの。

どれぐらい飲めば死ぬのかわかんなかったけど、手元には飲んでない薬が沢山あったし。

それを全て飲み干したんだよ。飲みながら吐きそうになったけど我慢した。

「逃げよう、ココにいれば病院に連れていかれる。

 そしたらずっとこんな日が続くんだ。」

そう思って動こうとしたけど、闇の中に意識は消えちゃった。

目が覚めると真っ白な天井。一瞬、天国かと思ったけど病院だった。

逃げられないように手足を縛られてて、ICUに入ってた。

ただ「あー、失敗したんだ。」と思った事だけは覚えてる。

ねぇ、どうしたら、いつになったら、楽になんのかなぁ?

一緒に堕ちていってくれる人が欲しい。それだけで救われる気がする。

永遠が欲しい。永遠に信じられるもの。

でもそんなものないから立ち尽くすだけだよ。」


僕は椿に何て言えばいいのかわからなくてただ黙っていた。

椿は僕に何て言ってほしかったんだろう。

僕は椿に何をしてあげられるんだろう。

考えても考えても僕にはただ黙っている事しか出来なかった。

それから椿は2,3日帰ってこなかった。

心配だったけれど、僕ににはどうする事も出来なかった。

4日目、知らない番号から電話がかかってきた。

何故だかわからないけど椿だとすぐわかった。少しの沈黙の後、椿は言った。

「ねぇ、あたしと一緒に死んでくれる?」


受話器の向こうで椿はどんな顔をしながら言ったんだろう?


「・・・・・。僕はまだ死にたくないよ。でも、」


電話が切れた。僕は再度かけ直す。人の話は最後まで聞いてくれよ。

プルルルル、プルルルル、プルルルル、ガチャッ


「はい、只今電話に出る事ができません。ピーという発信音の後に、


椿は電話に出なかった。

とても嫌な予感がする。

けれど僕にはどうする事も出来なかった。

椿の実家も、両親の電話番号も一切知らなかった。


「そんな事知らなくていい。あんたの前のあたしだけをあんたは知ってればいい。」


そう言って何度も聞く僕を不機嫌そうな顔で眺めて、後は一言も口を聞いてくれなかった。

僕は部屋を右往左往しながら、何度も何度も留守番電話にしか繋がらない椿の電話番号を押し続けた。





真っ暗だった空が段々と明るくなっていく。僕の心とは正反対に。





結局一睡もしないまま、掛け続けたけれど椿が電話に出る事はなかった。

僕は嫌な予感を必死に忘れようとして2日間電話をかけ続けた。発信記録は1000回を超えた。

1697回目、電話が繋がった。

「もしもし、椿?」


「何?」


「何じゃねーよ。何してたんだよ、電話も取らないで。人がどれだけ心配したと思ってんだよ。ふざけるなよ。」


僕は20年間生きてきて、これ以上ないくらいの声で椿に怒鳴った。

椿は何も言わなかった。ずっと黙り込んだままだった。

ソファーに座り、僕は2日間で4箱目の煙草に火を付けた。


「・・・・・とりあえず生きてるならそれでいいよ。安心した。」


「ねぇ、もしあたしが死んだらあんたは笑ってよね。ばかじゃねーの、ダサイんだよって笑ってよね。

棺には花じゃなくて煙草を入れて。メンソールのやつ。約束だからね。約束破ったら一生許さないからね。」


「何言ってんだよ。椿、何言ってんだ。とりあえず逢おうよ。マンションの屋上で。今日の7時。それまでバカな事するなよ、絶対だからな。」


「・・・・・わかった。でもさっきの約束忘れないでよね。じゃあね。」


最悪のパターンはこれで消えた。どっと疲れが押し寄せた。

鏡を見ると2日間一睡もしないで電話を掛け続けた僕の疲れきった顔が映った。

椿の声を聞いて安心したせいか急激に眠くなった。今は朝の10時。7時まで時間はまだある。

少し眠ろう、ソファーに横になって1分も経たない内に僕は眠ってしまった。





頭と体が何故かひどく重い。

目覚ましはなっていない・・・・筈だった。

時刻は午後7時30分。

寝過ごしたと気付いたのは時計を5分ほど眺めた後だった。

寝癖も気にせず、僕はその辺りに脱ぎ捨てていたジーンズとシャツを着て慌てて部屋を飛び出した。

30分程遅刻してしまった僕は猛ダッシュで階段を駆け上った。

息を切らしながら「悪い、寝過ごした。」と言ったけれど、椿はいなかった。

何だよ、滅茶苦茶急いだのに社長出勤かよ。

そう思って僕は煙草に火を付けてジーンズが汚れるのも気にせずに座った。




ドアに「ヨシへ。」と書かれた封筒が貼られていた。

僕は封を開けて恐る恐る手紙を読んだ。





ヨシへ。

会うと決心がつかなくなるかもしれないから手紙にする。

この手紙を読んでる時、あたしはどこかにいるのかいないのかわかりません。

苦しまずに生きる方法も苦しまずに終わる方法もあたしにはわからなかった。

今もわかんないまま。どうすれば私は救われる?

何の意味もなく存在する私みたいな人間は愛されてる?神様ってものに。

人生に意味なんてあるのかないのかわかんないけどね。

永遠が欲しい、ずっと変わらない物が。人の言葉や気持ちは永遠じゃないから。

笑っていれば、自虐的にでも笑ってれば耐えられる?

そう思って過ごしてみたけれど、本当に惨めな自分を認めるのは死にたくなる程辛い。




ごめんね、ありがと。ばいばい。

椿。








椿がいなくなってから1週間が経った。

あれから僕はロクに飯も食わず、風呂にも入らず椿を探し回った。

けれど、どこにもいなかった。

携帯は解約されていて、僕にはもうどうする事も出来なかった。

そして僕にはまたいつもの日常が訪れた。

それなりに楽しく、それなりにつまらない、多分皆が味わっている日常だ。

椿が僕に唯一残してくれた日記と手紙は昨日燃やした。僕は僕が思ってる以上に薄情な人間かもしれない。

椿、悪いけど僕は君を忘れるよ。

嘘でも”ずっと変わらない”っていってあげられなくてごめん。

椿が「FUCK YOU!!」って中指立てながら僕に叫ぶくらい幸せになるよ。

ばいばい、椿。


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