Stage 5
少子化問題ってやっぱり経済問題なのかな 何かやだな、そういうのって……子供欲しくても産めない人だっているのに 沙和は新聞を読みながら、漠然と考えてしまった。
OL 日本 1980年代前半
「……で、結論は出た? 」 仕事が終わり、駅近くの喫茶店で、わたしは恵理と向かい合っていた。 この時代は、まだ多くの店で、アイスコーヒーに最初からガムシロップを入れて運んで来ることが多い。わたしはあらかじめガムシロ抜きを、注文しておいた。 「それがなかなかね、伸治には仕事続けてもいいって言われてるんだけど、最近わたしの考えが少し変わってきてるの」 恵理は年明けに結婚が決まっているが、寿退職するか、会社に残るかで迷っていた。恵理の婚約者、中野伸治は父親と共に、洋食レストランを経営している。わたしも一度行ったことがある。こじんまりしているが、雰囲気といい、味といい、なかなか評判が高い。 「どう変わってきたの? 」わたしは尋ねた。 「コピー取りやお茶くみが嫌だって訳じゃないの。ただ、その先の目標がないの」 「目標か〜わたしもそうだな」 「何か、女の自立やキャリアウーマンって言葉に踊らされるのかなって、そんな感じがして仕方ないの」 新橋、ここから見える霞が関ビル。36階建のこのビルが建った時、誰もが驚いたのは言うまでも無かった。しかし今では36階を越える高層ビルが、いくつも出現している。何かにあおり立てられるようにわたし達は動いている。 恵理は雑誌にあふれ返っている『女の自立』という言葉を、 「ウーマンリブの名残に飾りを付けた流行物のような気がする」そう言った。 わたしが生きる30年近く後の世界より、選択肢が少なく、流されやすいと感じるのは、気のせいだろうか。
翌朝出社した時だった。 掲示版の周りで、数人がひそひそと小声で話をしていた。そして通達の前で青ざめていたのは岡本八重子、28歳の先輩だった。 『9月1日付けで、販売部 岡本八重子を 静岡第二工場勤務とする』
「岡本さん、一体どういう事なんですか」昼休みになるのを待って、やっと声をかけることができた。 「木村さん……どうもこうも、三日間お休みをいただいたの。保育園で秋子が怪我をしたものだから…… それで今日出社したら、辞令が出て……」 「内示は、説明は、あったんですか? 」 「それが……理由は言わなくてもわかっているだろうって部長に言われたわ」 「そんな……」 一体どういう事だ。所属部が違うので、わたしには詳しい事はわからなかった。 「暗に退職しろって意味なのよ。子供を育てながら働くことの、これが現実なのよ」 わたしが入社した時、研修を担当してくれたのが、八重子だった。仕事も良くできて、面倒見もいい。それ以来、結構親しくさせて貰っている。 子育て、と八重子は言ったが、秋子という名のその子は、八重子の実の子供ではない。交通事故で亡くなった姉夫婦の子供だ。戸籍はそのままだし、養育費の援助はうけているが、八重子は実質的な育ての親だ。複雑な事情がありそうだが、そこは聞かずにいた。 「わたし、オーストラリアの大学を出たの。向こうで親しくしていたサンダース一家には二人の子供がいるんだけど、一人は養子よ。事情はしらないわ、でもとても仲良く生活している。あの国は多民族がしっかり融合しているし、里親になるって、案外特別な事じゃないのかも知れないわね」 以前、秋子のことを尋ねたわたしに、八重子はそう答えていた。 「子供はよく熱を出したり、怪我をしたり、残業もあまりできないから、わたし上から嫌味言われっぱなしだったのよ。女子社員が少ないから、特にやり辛かったし」 「でも、でもそんなのおかしいです! 岡本さん、このまま引き下がるんですか」 「組織の中にいる以上、仕方ないわね……でもわたし、別に考えてることがあるの。心配しなくて大丈夫よ」八重子は落ち着いていた。
現実のわたしの世界では、ここまで横暴なことはしないだろう。 この時代の半ばレトロな風景が気に入っていたが、全てが色褪せていくようだった。
八重子が辞表を提出した日、八重子と恵理とわたしは、ささやかな旅立ちの会を開いた。肩の凝らない焼肉と生ビールでの、言ってみればちょっと年齢の高い『女子会』だ。 「それで八重子さん、いつオーストラリアへ発つんですか」 「手続きが済みしだいね、一ヶ月位かかるかも知れないな……前からサンダースに誘われていたの。自分が経営する会社は、大きな企業とは言えないけれど、わたしと秋子にベストの環境を用意できるってね」 デイリーなジャムや、果実酒の製造販売を行っているその会社で頑張ってみたい、そう八重子は言った。 「八重子さんらしい選択なんでしょうね、あ、そうそう、恵理も会社辞めるんですよ、ね、恵理」 「そう、わたし考え違いしてたんです。社会の中で働くっていうのは、パンプス履いてスーツ着て、オフィスにデスク持ってって……でもそれは形。わたし、彼の店で働きます。家業を継ぐのも、立派な仕事だと気付いたんです。 「そのとおりだわ、農家のお嫁さんだって、夢を叶えるためにアルバイトしながら頑張ってる人だって、立派な社会人だと思うわ」しみじみと八重子が答えた。 「乾杯しようか」八重子が言った。 三人でグラスを持ち、 「新たな出発に乾杯! 」 その瞬間、店内にいたお客さんから一斉に拍手と歓声が起こり、わたし達はギョッとした。 みんなが注目していたのは、実はテレビの画面、野球中継だった。 その時、一塁に篠塚を置き、4番、原 辰徳がホームランを放った、まさにその瞬間だった。
生き方は、最後は自分で決めるものだ。だから責任も持てる。 姉の子を我が子として愛し、育てる八重子。社会人として家業を継ぐという恵理…… こうでなければいけない、などという事はきっと無いはずだ。
To be continued
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