20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:SAWA 作者:KAORI

第2回   流れは塵とともに
Stage 2
                *河原者の説明は文末に記載
 ページをめくる沙和の手が止まった。エスニック系のサンダルが欲しいなとか、グルメ情報は変わりばえしないな、とか思いながら、いつもだったらあまり目を通さない、その手の記事のところで手が止まった。
 愛新覚羅ー川島芳子の生涯


中世 農家の娘 日本


 農家の朝は早い。
 都からは程遠く離れた村。それでも小さいながら市も立つし、行商の旅人が少なからず行きかう山あいの農村。
 かまどに入れる木ぎれを納屋に取りに行く。昨夜の雨も上がり、新緑の匂いが空気を包む。人の気配を感じてふっと目をやると、朝もやの中で舞う女がひとり。桔梗・・・水干を身に着け白拍子の流れを汲むという舞手。桔梗が舞うと、桜も吹雪くという。美しい。姉の舞手、葵とは異なった美しさを持つ。旅の歌人は葵を三ヵ月と詠んだ。
 「誰? 」
 「あっ! 」
  「さわ・・・か? 」
 「こんな時分から桔梗は稽古か? 奉納は済んだというに・・・」
 何を今更、と言いたげだ。右頬の下から顎にかけて、遠目にはわからない、うっすらと青いあざがある桔梗の顔が、かすかにほほえんだような気がしたが。
 「わたしも葵も、舞いたいと思った時はいつでも舞う。たとえ金にはならずとも舞う。通りすがりの誰かが見ていて、請われれば御の字じゃ。舞手と遊女は紙一重。それゆえ、さわではいささか役不足」
 冷たさが漂う桔梗の言葉にわたしはとまどった。
 「我らのような者は皆似たりよったりじゃ」
 舞手の血・・・運命か・・・
 それ以外にどうやって生きる? じっと見つめる桔梗の目が、そう言っているようだった。


 それから程なくして、桔梗が消えた。
 天狗に連れ去られたのを見た者がおる。
 いや、足を踏み外して川に落ちたそうだ。
 まさか、河原者が川に喰われたか。
 桔梗の舞が見れんのは残念じゃ。
 今年は雨の具合もちょうどいい。秋の実りを楽しみにせっせと田畑を耕す。
 「のう、さわ、足も腰も痛うてかなわんが、明日の身もわからぬ河原者を思えば、百姓はまだ幸せじゃ。葵も不憫よのう」


 気が付くとわたしは山の中にいた。何かに導かれるように山の中を歩いていた。桔梗と、別れ際にかわした言葉が気になって仕方なかった。
 「それが舞手の血か? 」と尋ねたわたしに
 「血・・・血が運めを決めるのなら、わたしは運めにあらがって生きるしかなさそうじゃな。」
 「ふふふ」 桔梗は言いながら確かに笑っていた。
 風の思うままに木々が揺れる。月は明るさを失わない。ふっと気配を感じて身を硬くした。その背中に響く声。
 「桔梗は自ら流れた」
 天狗! いや山伏か・・・どちらでもよい。怖くはなかった。
 「何処へ? 」「何故? 」わたしは桔梗の舞、いや桔梗自身に惹かれていたのか・・・
 「西へ。鎌倉から都へ幕府が移った今、その方が身入りがいいと考えたのじゃろう」
 「葵ひとりを残してか。母者が死んだばかりだというに、たったひとり姉を残してか! 」
 「桔梗は傷を負った侍に、山で捨てられた子じゃ。それをわしが拾って、死んだ京に託した。もし畑の中に捨てられていたら、おぬしのように百姓の娘として育っていただろうに」
 それじゃあ・・・桔梗の顔が浮かぶ。わたしの言葉に、ふふふ、と笑う桔梗の顔。
          血 は 血   運め は 運め
         カワラモノ と呼ばれる美しい舞手の桔梗


 「葵はどうする! 」
 「アレはアレで、自らの身を考えるじゃろう。もともと、桔梗と離れた方が良いと思っていたのは、葵の方じゃからな」 「舞うだけでは食っていけぬ。葵一人では身が立たぬのは承知の上で桔梗を離した」
 月がかすむ。やがて雲が動くまで。
 「葵は男じゃ」


 どれ程立ちすくしただろう。
 愛情も意地も塵のように崩れ、やがてのみこまれる。
 時代は流れ、やがて差別が制度として組み込まれる社会がくる。成熟したはずの現代になってもなお、その影を引きずる。
 もう一度読み直してみようと沙和は思った。時代に踊らされたのか。さからって生きるすべは無かったのか。何が運命を決めたのか。
 愛新覚羅ー川島芳子 

 河原者・・・もともとは、河原に住み着いた貧しい者のことを意味した。そこから生活のために、技術を身に着けたが、それが河原者の職業として定着し、その職業に就く者の蔑称として使われるようになった。文化、芸能の担い手も多くが含まれた。ただ、中には小作農に戻る者や、腕をかわれて富裕層の元へ出入りする者など、流動的な面もあったといわれる。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 625