Stage 2 *河原者の説明は文末に記載 ページをめくる沙和の手が止まった。エスニック系のサンダルが欲しいなとか、グルメ情報は変わりばえしないな、とか思いながら、いつもだったらあまり目を通さない、その手の記事のところで手が止まった。 愛新覚羅ー川島芳子の生涯
中世 農家の娘 日本
農家の朝は早い。 都からは程遠く離れた村。それでも小さいながら市も立つし、行商の旅人が少なからず行きかう山あいの農村。 かまどに入れる木ぎれを納屋に取りに行く。昨夜の雨も上がり、新緑の匂いが空気を包む。人の気配を感じてふっと目をやると、朝もやの中で舞う女がひとり。桔梗・・・水干を身に着け白拍子の流れを汲むという舞手。桔梗が舞うと、桜も吹雪くという。美しい。姉の舞手、葵とは異なった美しさを持つ。旅の歌人は葵を三ヵ月と詠んだ。 「誰? 」 「あっ! 」 「さわ・・・か? 」 「こんな時分から桔梗は稽古か? 奉納は済んだというに・・・」 何を今更、と言いたげだ。右頬の下から顎にかけて、遠目にはわからない、うっすらと青いあざがある桔梗の顔が、かすかにほほえんだような気がしたが。 「わたしも葵も、舞いたいと思った時はいつでも舞う。たとえ金にはならずとも舞う。通りすがりの誰かが見ていて、請われれば御の字じゃ。舞手と遊女は紙一重。それゆえ、さわではいささか役不足」 冷たさが漂う桔梗の言葉にわたしはとまどった。 「我らのような者は皆似たりよったりじゃ」 舞手の血・・・運命か・・・ それ以外にどうやって生きる? じっと見つめる桔梗の目が、そう言っているようだった。
それから程なくして、桔梗が消えた。 天狗に連れ去られたのを見た者がおる。 いや、足を踏み外して川に落ちたそうだ。 まさか、河原者が川に喰われたか。 桔梗の舞が見れんのは残念じゃ。 今年は雨の具合もちょうどいい。秋の実りを楽しみにせっせと田畑を耕す。 「のう、さわ、足も腰も痛うてかなわんが、明日の身もわからぬ河原者を思えば、百姓はまだ幸せじゃ。葵も不憫よのう」
気が付くとわたしは山の中にいた。何かに導かれるように山の中を歩いていた。桔梗と、別れ際にかわした言葉が気になって仕方なかった。 「それが舞手の血か? 」と尋ねたわたしに 「血・・・血が運めを決めるのなら、わたしは運めにあらがって生きるしかなさそうじゃな。」 「ふふふ」 桔梗は言いながら確かに笑っていた。 風の思うままに木々が揺れる。月は明るさを失わない。ふっと気配を感じて身を硬くした。その背中に響く声。 「桔梗は自ら流れた」 天狗! いや山伏か・・・どちらでもよい。怖くはなかった。 「何処へ? 」「何故? 」わたしは桔梗の舞、いや桔梗自身に惹かれていたのか・・・ 「西へ。鎌倉から都へ幕府が移った今、その方が身入りがいいと考えたのじゃろう」 「葵ひとりを残してか。母者が死んだばかりだというに、たったひとり姉を残してか! 」 「桔梗は傷を負った侍に、山で捨てられた子じゃ。それをわしが拾って、死んだ京に託した。もし畑の中に捨てられていたら、おぬしのように百姓の娘として育っていただろうに」 それじゃあ・・・桔梗の顔が浮かぶ。わたしの言葉に、ふふふ、と笑う桔梗の顔。 血 は 血 運め は 運め カワラモノ と呼ばれる美しい舞手の桔梗
「葵はどうする! 」 「アレはアレで、自らの身を考えるじゃろう。もともと、桔梗と離れた方が良いと思っていたのは、葵の方じゃからな」 「舞うだけでは食っていけぬ。葵一人では身が立たぬのは承知の上で桔梗を離した」 月がかすむ。やがて雲が動くまで。 「葵は男じゃ」
どれ程立ちすくしただろう。 愛情も意地も塵のように崩れ、やがてのみこまれる。 時代は流れ、やがて差別が制度として組み込まれる社会がくる。成熟したはずの現代になってもなお、その影を引きずる。 もう一度読み直してみようと沙和は思った。時代に踊らされたのか。さからって生きるすべは無かったのか。何が運命を決めたのか。 愛新覚羅ー川島芳子
河原者・・・もともとは、河原に住み着いた貧しい者のことを意味した。そこから生活のために、技術を身に着けたが、それが河原者の職業として定着し、その職業に就く者の蔑称として使われるようになった。文化、芸能の担い手も多くが含まれた。ただ、中には小作農に戻る者や、腕をかわれて富裕層の元へ出入りする者など、流動的な面もあったといわれる。
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