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作品名:2000文字以内でバッドエンド 作者:16

最終回   1

 私は生きてはいない。
 この世に存在しない。
 この世の誰の記憶にも存在しない。

「話っていうのは何……」
 目の前に現れた愛しい人。
「あなた……どうして警察に追われてるの?」
 あなたが質問を口から吐き出し終える前に、早口で問いただす。
「レイ……それは。それは君には言えない。言えば、君も警察に追われることになる。君と別れたのも、そのためだ」
 倉庫内に反響する、張り詰めた愛おしい声。
 
 しばらく音の無い空間が倉庫に充満して、空気を鎮める。

「七月二日の夜。図書館裏の森」
 私はゆっくりと、最後のキーワードを口にした。

「……君は。やはり」
 悲しそうに見つめる大好きな漆黒の瞳。

「やだ。やっぱり気付いてたのね? どうしてわかったの?」
 あなたはしばらく言葉を失う。
「……この腕時計が俺の目を離れて、発信機が付けられるのは、君の部屋のシャワーを浴びる時ぐらいだ」
 彼は寂しそうに、視線をコンクリートの床に落とした。

「そう。話が早いわ。あの少年はどこ?」
「残念だが、大切な教え子を売るわけにはいかない。あの殺人は、あの子の意思じゃない。……止めてやれなかったのは俺の責任だ」

 私は浅くため息をつく。予想通りの展開。
「君は俺を殺しにきたんだろう? 死神のレイというのは君のことか」
「そうよ。ちゃんと会った時から名乗っていたでしょ? レイって」
 私は悪戯な笑いを浮かべる。
「まさかこんなに若くて綺麗な女性だとは思っていなかったよ。殺し屋といったら男だからな」
 あなたは少年の目をして微笑む。
  
「もう一度聞くわ。少年はどこ?」
 私は静かに腰を上げて、銃を取り出し、ゆっくりとあなたに向ける。
 あなたは銃口から目を逸らす事が出来ない。
 
 もっと。もっと私を見てよ。最後くらい。
「……言えないよ。」
 知ってる。
 あなたがそう答える事は。
「そう。分かったわ」
 私はゆっくりトリガーを引く。
「君のような美人に殺されるなんて、俺は運がいいな」
 あなたはまた微笑む。
 最後に大好きな笑顔が、二度も見れて胸が詰りそうになる。
「今まで殺してきた人間もそう言ってくれたわ」
 
 私は生きてはいない。
 死神の顔を見た者がいないように、私の顔を見て正体を知った者が生きている事が無いから。
 私の名前と顔が一致した者は必ず殺す。今から殺す者だけが私の顔と名前を知る。

「さあ、ひざまずいて、目を閉じて。あなたはクリスチャンじゃないから、お祈りの時間なんていらないわよね?」
 
 みんな私のことを覚えてはいない。死んでしまうから。
 私が殺した者たちは私の記憶の中で生き続ける。

「一つだけ。一つだけ言わせてくれないか」
 
 この世に生きている人間の、誰の心にも存在しない私。
 この世に存在しない私。
 生きてはいない私。

「最期の言葉ってやつ? 聞くのが私でいいのかしら」
 
 初めて生きたいと思った。
 あなたと出遭った時。

「いや。君じゃなきゃ意味が無いんだ」
 
 あなたの記憶の中に私という存在を刻みたい。
 私が生きたという事を。あなたを愛したという事を。
 
「本当に愛してた。どんな理由であろうとも、君に会えた事が俺の人生の中で、一番幸せな事だったよ」
 
 あなたの記憶の中に生まれて、あなたの心の中で生きていきたい。
 あなたが死ぬ時が私の本当の死。

「知ってるわ。私もよ」
 銃口をこめかみにあてる。

 ずっと夢見ていた。
 あなたが死んで、私が存在しない世界よりも、あなたが存在して、私が生きている素敵な世界を。

「さようなら」
 
 響き渡る銃声。
 同時にひっくり返る視界と、頭に響く強い衝撃。
 火薬の匂い。
 
 冷たいコンクリートに打ち付けられる体。
 頬に感じる自分の温かな血液。
 
 何も受信できなくなったラジオの様に、頭の中で雑音が鳴り響く。
 どんどん大きくなる雑音の遠くに、サイレンの音が混じる。

 ゆっくりと動く世界。
 私を見下ろすあなたの目。
 
 嫌だ。最後にそんな顔を見せないで。
 もっと私の大好きな笑顔を見せてよ。
 
 他の人間の中に、初めて私という人間が生まれる。
 愛おしいあなたの中に、私が生まれる。
 こんなに嬉しい事はないのに。
 泣いていないで、もっと笑ってほしい。
 
 こんな暗くて汚い倉庫で私は生まれる。あなたの中に。

 「レイ」
 愛おしくて仕方ないあなたの声。
 私が生まれて初めて聞いた声。

 頬に触れるあなたのぬくもり。
 生まれて初めて知るぬくもり。

 あなたの涙が頬を伝って落ちる音。

 私が生まれた音。


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