新緑がこぼれ、涼やかな空気が満ちている国――アルディナ王国。 民は活気溢れており、街はいつものように喧騒としていた。 そんなある日。一人の赤ん坊がこの世に生をうけた。 赤ん坊の名はルイ。元気な男の子であった。
「生まれたか!!」 「ええ、あなた」
部屋に転げるように入ってきたのは、言わずもがなルイの父親、フィレ。 そして、大事そうに生まれたばかりの赤ん坊を抱いているのはルイの母親、セレナであった。
「……よくやったな。では、さっそく占い師のところへ連れて行こう」
フィレはルイの顔を、相貌を崩しながら見つめ、己が妻に言う。 このアルディナ王国では昔から、赤ん坊が生まれたら占い師のところへ連れて行き、今後の人生を占ってもらうという慣わしがある。 この夫妻も、その慣わしにのっとり、赤ん坊を連れ、三人で占い師のもとへ向かった。
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“コンコン”という軽快な音を響かせ、ドアをノックすると、すぐに中から「どうぞ」という老婆の声がした。
「よく参ったな。この子がそうか」
老婆(名はスフィーラという)はルイを見つめ、にこやかに笑みを浮かべ、ルイの誕生を喜んだ。 その笑みは、スフィーラが心から浮かべたものであり、穏やかな空気が辺りを包みこむ。
「どれ、ではこの子について占おうかの」
スフィーラはそう言うと、部屋の奥から大事そうに一つの大きな水晶玉を取り出した。 彼女の持つ、この水晶玉。実は彼女にしか扱えず、他の占い師が覗き込んでも何も見えやしない。そして、そんなスフィーラの占いはこの国随一と言われ、国中から多くの人が集まってくるのだ。 また、スフィーラがどのような経緯でこの水晶玉を手に入れたのかは誰も知らず、様々な噂が飛び交っているのだが。
「……これは……」
そんな彼女はいつものとおり、呪文を唱えると、ゆっくりと水晶玉を覗き込む。 ……そして、見えた未来に言葉をなくした。 顔色も心なしか青くなっており、その様子が夫妻を心配させる。
「スフィーラ様? どうされた?」
フィレが心配げに問いかけると彼女は顔を上げ、自分を立て直すように、ゆっくりと深呼吸をする。 いくつ目かの息を吐くと、スフィーラは水晶玉に見えたことを伝えるべく、口を開いた。
「この子は……勇者じゃ」 「「……は?」」
スフィーラの言葉に、目が点になるルイの父親と母親。 どうやら、よく理解できなかったらしい。まぁ、それも仕方ないことなのかもしれないが。
「あの……もう一度、言っていただけます?」
ルイの母親……セレナがもう一度訊きなおす。 勇者というように聞こえたが、この平和な時代に勇者なんてものが出現するはずがないと彼女は思ったからである。
「だから、この子は勇者に選ばれたと申しておるのじゃ」 「あぁ、やっぱり勇者って聞き間違って……えー!?」
……ルイの破天荒な人生は、今、この瞬間に始まった――。
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