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作品名:五山八朝 作者:活字姑

第1回  
切りたつ山は了山(りょうざん)宝家領と円山(えんざん)白猿朝(はくえんちょう)エイセイ家領地の領境を指す。風になびく黒髪は逆立ち、旅支度の装束は泥にまみれ汚れている。エイセイ家側室英々えいえいは浅黒く目だけが炯炯と光るウルスを目印がついた倒木にくくりつけた。追っては近い。頷く英々を見つめたままウルスは倒木に体重を預け断崖から落ちた。英々は一直線に落ちてゆくウルスを振り返る事も無く山をくだり始めた。英々の足は最後の力を振り絞る。舞い上がる風が髪をさらい、体を揺らした。傾いだ体を立て直す間もなく足がくずれ折れる。深く息を吸い込もうとした英々の顔に苦悶が貼りつく。英々の胸を深々と貫いた剣は血を吸い白い鞘に収めらてもカタカタと鳴いている。五山八朝の中にあって長期朝廷、白猿朝一の美貌と優れた踊り手として謳われた側室英々は野に帰した。
『調べろ』男の声が命令を下す。英々の懐から巻物が取り出された。エイセイ家家宝一子相伝の書。『行くぞ』満足そうな男の声が風にかすれた。

山から零れ落ちる水は冷たい。霧散する霧の中「おんし恩師」呼ばれた老人は瞑想から覚醒した。
薬仕やくしが頷くと鈴仕りんしはジャバジャバと清水を掻き分け倒木に巻き付けられた男を河岸に引き上げた。男は死人のようにみえる。薬仕が男の頭を抱え口に薬をねじ込む。「ウッウー・・」苦い・・ウルスは胃に入った水を吐き出した。
火花が散ったように生が瞬いた。ウルスの体は自由に動いてくれず、意識は混濁している。母の声がした。「生きなさい」
白猿朝廷一の美人と言われながら自分を助ける為に最後は泥にまみれて死んだであろう母の一言。目を開けた男はもう一度強く目をつぶった。薬仕はずぶぬれの男から目が離せない。毒に何年も侵されたような肌。紫色の唇。しかし何かが薬仕を引き付けた。薬仕は男の澄み切った瞳を美しいと思った。男がそろそろと動く。膝を抱え、背を丸め、額を土に押しつけ唸る様に府庁を口にした。
「白猿朝エイセイ家第二皇太子ウルス、ここに望む。ホウ家第一皇女薬貴匙やくきひ」
薬仕の体が飛び上がった。
「どうして・・」口元を覆った手先が震えた。「恩師」薬仕の声は喉につかえ出てこない。
ホウ家最高機関「薬房」を司る景清けいせい大老は、薬仕をみつめた。
「薬仕、そなたが診よ。そやつは山を下ろすな」
薬仕が小さく頷き、ウルスの背に手をのせた。ウルスは遠のく意識の中、背中に置かれた心地よい手の暖かさが救いだった。

寒気はいつもの事だ。水を飲みたくても毒を疑い、誰が作ったか判らない物など絶対に口にしなっかた。母がいる。獲ってきた鳥を手際よくさばく。ウサギや猪はだめだ。ウサギを捌いていた手伝いの娘が「うっ」と呻いて血を吐き死んだ。ウサギは毒を仕込んだ餌を与えられ野に放たれたのだ。以来、空腹は友となり敵となった。
母がいる。15歳の夏には必ず毒味をした物しかウルスにあたえなっかた。だがこの夏は乗り越えるがやっとだった。ウルスは自分でもよく毒で死ななっかたと思う。肌はカサカサとし、髪はごそりと抜けた。気が抜けず夜も眠れないのだ。浅い眠りの中衣擦れの音と共に見舞いだと微笑む清々の顔が歪む。


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