花世木は、大佐たちのところへ戻る。 大佐とヴォルグは、トラックから運びだされた巨大な金属のタンクを見つめていた。 長さは2メートルくらいは、あるだろうか。 「そいつが、MD1なのか?」 大佐は、苦笑の形に口を歪めた。 「こいつはただの、アイソレーションタンクにすぎない。MD1はこの中に眠っている」 「眠っている?」 ヴォルグが会話に割ってはいる。 「排液して、減圧します」 タンクから液体が排出されてゆく。 それを見ながら、花世木は大佐に語りかける。 「殺してもいいぜ」 「なんだと」 「ニンジャを殺してもペナルティは取らない。思う存分やれ」 「はじめっからそのつもりだ。ニンジャボーイは八つ裂きにしてやるよ」 花世木は苦笑する。 液体の排出が止まった。 ヴォルグはタンクについたレバーを操作してゆく。 六ヶ所についたロックが外され、タンクの上半分が開かれる。 花世木は、息を呑んだ。 「おい、なんだよ、これは」 タンクの中から姿を現したのは、可憐な少女だった。 まだ、眠っているのか目を閉じている。 ヴォルグは、少女の口についた酸素マスクをはずす。 顔立ちが人形のように整っている。 一糸纏わぬ姿のまま、液体の中に浮いていた。 腕には、チューブが何本も接続されている。 髪の毛は剃りあげられており、全身無毛であるためマネキン人形を思わせた。 「こいつが汎用人型対地兵器MDシリーズ1号機だ」 大佐の言葉に、花世木は肩を竦める。 「おいおい、冗談だろ。どう見たってそいつはただの女の子だ」 「見た目はカモフラージュともいえる。おい、ヴォルグ。起動だ」 「はい、大佐」 ヴォルグは、タンクについたパネルを操作する。 電子音がして、モータが起動された気配がした。 それと同時に少女の身体が痙攣する。 そして、その少女は突然身を起こした。 虚ろな黒い瞳を見開く。 ヴォルグは、少女の身体にとりつけられたチューブを取り外していった。 そして、ゴーグルのような形をした、網膜投影型ディスプレイを頭から被せる。 ヴォルグは、パソコンをタンクに接続した。 キーボードを操作する。 「戦術プログラムをダウンロードします」 「虐殺忌避モードはオフにしたんだな」 「はい。作戦行動に入ったら殺しまくりですよ」 「それでいい」 網膜投影型ディスプレイから少し光が漏れて、少女の顔を夜の中に浮かび上がらせる。 ディスプレイから漏れる光が激しく点滅するのに合わせ、少女の身体が小刻みに震えた。 「おい、プログラムをダウンロードって。その娘はひとなんだろ」 大佐は酷薄な笑みを見せた。 「かつては、ひとであったというべきだな。ひとの身体を有機部品として使用した、ロボットだと考えればいい」 「にしても、プログラムっていうのは」 「イデオット・サヴァンは知っているか?」 花世木は頷く。 「MD1は、人工的に造られたサヴァンだよ。脳内にプラグを埋め込み、左脳と右脳の接続を切断した上であちこちにショートカットを作ってる。意思や感情は機能しなくなったが、膨大な情報を正確に記憶可能となり、電子計算機並の演算能力を持つ」 花世木は驚きの表情で、MD1を見た。 「確かにそいつは、ロボットだな」 大佐は残忍な笑みを見せた。 「それだけではない。脳が身体を制御する際にかけているリミッターがはずされている。普通のひととは桁違いの筋力を発揮する」 「一体誰が造ったんだ、こんなもの」 「頭のいかれたボルシェビキどもに決まってるだろうが。DPRKが拉致したひと買い取って改造したんだ」 プログラムのダウンロードが終わったのか、少女の動きが止まった。 大佐は、ヴォルグに叫ぶ。 「コンバットスーツを用意しな」 少女、いやMD1は網膜投影型ディスプレイをはずす。 そして、タンクの中から出て地上へと降り立つ。 夜の空に輝く三日月のように、その白い裸身は闇の中へ浮かび上がった。 その姿は、ガラス細工のように繊細で、蜉蝣のように儚げである。 とても、戦闘できるようには見えない。 「おい、こいつは本当に」 花世木の言葉に、大佐はやれやれと笑みをうかべる。 「見た目はカモフラージュといっただろ」 大佐は拳をつくると、MD1の胴を殴りつける。 ごうん、と金属質の音がした。 「皮膚の下の骨格はチタン合金で補強されている。もしニンジャボーイが斬りつけたら、刀がへし折れることになるな」 ヴォルグは黒い服をMD1の前に置く。 MD1は、手際よくその服を身につけた。 黒のゴシック調のドレスに白のレースがついている。 そして、三つ編みのおさげがついた黒髪のウイッグをつけ、白いエプロンをつけた。 花世木は目を丸くする。 「何を考えてる」 「局地戦Cモード用、市街地で行動するのに不自然ではない擬装だ」 花世木は溜息をつく。 戦争屋の考えることは、理解しがたい。 ヴォルグはスーツケースから二丁の巨大な拳銃をとりだすと、MD1に手渡す。 銃身が18インチはある、長大なリボルバー。 MD1は、トリッガーガードについたレバーを操作し、銃身を折り曲げ輪胴式弾倉に弾丸を確認する。 大きな金色の薬莢が弾倉から姿を見せた。 ライフル弾のようである。 「どうだ、花世木。ダイナソーキラーだ」 「なんだって?」 大佐は楽しげに、銃弾を見ている。 「70口径のニトロエキスプレスだ。おまえ、ロスト・ワールドを知っているだろ」 「スピルバーグの映画か」 「いや、コナン・ドイルが書いた小説のほうさ。70口径のニトロエキスプレス、チャレンジャー教授の雇ったハンターがティラノサウルスを仕留めるために用意したライフルの銃弾だ。だからあたしたちは、ダイナソーキラーと呼ぶ」 MD1は二丁の銃をひとふりすると、弾倉を収納しその巨大な銃が重さを持たないかのようにくるくると回す。 デコレーションケーキみたいなレースのついたスカートをひらりとまくると、MD1は太股につけたホルスターに拳銃をすとんと納めた。 流れるような美しく動きである。 そしてMD1は、ビクトリア朝時代の淑女がするようにスカートの裾をそっと掴むと優雅な仕草でお辞儀をした。 「なんなりとご命じ下さい、ご主人様」 大佐の瞳が黒い炎を噴き上げるように輝いた。 「命令を下す」 大佐は獣が咆哮するように、叫んだ。 「サーチ・アンド・デストロイだ、MD1。動くものは全て殺せ。殺せ。殺せ、殺し尽くせ! 最後の血の一滴も見逃さず殺せ!」 MD1はアンティークドールのように美しく整った気品ある顔に、なんの表情も浮かべず大佐の叫びを受け止めた。 「承りました、ご主人様」 ふわりと、風が吹いたように感じる。 MD1はたった一度の助走のない跳躍でビルの入口まで跳んだ。 まるで黒い揚羽蝶のように、重力から解き放たれたものの動きである。 そのまま、ふわりと音もなく踊るようにMD1は建物の中へと姿を消した。 花世木はうめき声をあげる。 「あんた、殺し尽くせって」 大佐は哄笑する。 「花世木、心配するな。ダウンロードしたプログラムのデータにはちゃんと四門の情報も含まれてる。MD1は四門を撃ったりはしないよ」 「そうであることを、祈るぜ」 大佐はヴォルグを見る。 「今回の活動限界は、何分でくる?」 「10分ですね」 大佐は、むうと唸る。 「意外と短いな」 「前の出撃から二週間ですからね。まさか今回使うとは思って無かったですよ。でも、ニンジャボーイが持久戦に持ち込むのは無理です。一瞬で片付きますよ」
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