屋上からは、廃墟のような街を見渡すことができた。 それは、地上に堕ちた星空にできた暗い穴のようでもある。 「ユーリ。作戦どおりおれたちがヤクザをしとめ、君達がバックアップでいいな」 ユーリと呼ばれた男は頷く。 「了解した、アレクセイ」 この島国にきてもう2年近くになるが、ここまでイージーな仕事は始めてな気がする。 ヤクザひとりを排除するのに20人以上が動員され、突入だけでも8人で行うとは、過剰すぎる気がした。 「ターゲットはボディーアーマーを身につけている」 アレクセイは、ブリーフィングを続ける。 「できれば9ミリ弾で手足を打ち抜き、戦闘力を奪う。それが無理であれば接近してスタンロッドをぶちこむ。それがうまくいかなければ、ユーリ。ためらわずにカラシニコフを使え」 「判った、そうする」 カラシニコフは銃肩を折り畳んだ状態で、背負っている。 基本的には大佐の指示どおり、トカレフで片付けるつもりだ。 ユーリたちは配置につき、赤外線スコープを装着するとトカレフを手にする。 DPRK経由で入ってきた改造版トカレフであり、ダブルカラムの装弾数17発のダブルアクションであった。 セフティはついていない。 「よし、カウントダウンをはじめる。10、9、8、7」 ユーリは屋上の手すりにつけたワイアーを、胴に接続ている。 ワンタッチで取り外すことができるものだ。 「4、3、2、1、ゴー!!」 アレクセイの号令とともに8人全員が一斉に、8階へと降りる。 部屋の中でスタングレネードが炸裂し、容赦ない轟音と閃光がまき散らされる。 それと同時にユーリたちは窓ガラスを破り部屋へ突入した。 アレクセイたちが発砲したらしく、銃声が響く。 ユーリは赤外線スコープの中でターゲットが倒れるのを見た。 部屋は再び闇と静寂の中に戻る。 アレクセイたちが、ハンドライトでターゲットを確認した。 「畜生、これは」 アレクセイが叫ぶのと、スタングレネードが炸裂するのはほぼ同時であった。 轟音と閃光で奪われた視界が戻ってきたとき。 ユーリは、信じがたいものを見た。 アレクセイの身体が縦に裂け、左半身が床に沈んでゆく。 残りの三人も、胴で切断され、頭部を両断され、手足を斬り飛ばされていた。 チェチェンで、ボスニアでひとが死ぬのはさんざん見てきたが、ここまで鮮やかにひとの身体が斬り裂かれるのを見たのは、はじめてだ。 紙を鋏で斬り裂くような、手軽さを感じる。 闇の中に黒い影が浮かびあがった。 日本刀を手にした、漆黒の悪魔。 奇妙なことに、赤外線スコープが熱源として認識していない。 「カラシニコフだ!」 ユーリは周りの三人にそう叫びながら、自分はトカレフを撃つ。 かき消すように黒い影は闇にのまれ、ユーリの左右で血飛沫があがる。 切り落とされた首が足元に転がり、金属の輝きを持つ血を迸しらせながら、手足が飛ばされた。 ユーリは獣のように、絶叫する。 そして、頭部に衝撃を受け気を失った。
「あがっ」 ユーリは、左手に激痛を覚え意識を取り戻す。 左手に、日本刀が突きたてられていた。 ユーリが意識を取り戻したことを確認すると、黒のコンバットスーツの男はユーリの手から日本刀をはずす。 「指示に従ってくれ。断るならまず目をえぐる」 黒い男はロシア語で語りかけてきた。 ユーリは頷く。 「逆らう気はない」 「ありがとう。ではまず無線で連絡してくれ。余計なことを言えば、即死ぬことになる」 「判った。しかしあんた、勝ち目はないぞ」 ユーリの言葉に黒い男は暗い笑みで応えた。 ユーリは指示通り本部のヴォルグに連絡をとり、服を男と同じ黒のコンバットスーツに着替えた。 黒い男は楽しげに、車椅子に括りつけられた男へ語りかける。 「さて、見せてやろう。二階堂流の魔法をね」
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