廃墟の街に、ツーシータのドイツ車が入ってくる。 あたりは、黒服の男たちによって封鎖されていた。 申し訳程度に、工事中の標識が立てられている。 ツーシータの車から、長身の男が降りた。 痩せており、ミュージシャンのように長い髪を靡かせている。 ただ、明らかにミュージシャンと異なるのは、その獰猛な目の輝きであった。 まるで飢えた猛禽のような漆黒の瞳で、あたりを見回す。 「花世木さん」 花世木と呼ばれた長身の男は、黒服のほうを振り向く。 声をかけた黒服は、花世木に一礼をする。 「社長がいるのは、そのビルか」 「はい。踏み込みますか?」 「いや、戦争屋が来るまで待つ。要求はまだ何もないのか」 「はい」 「情報も無しか?」 「はい。戦争屋ですか。金がかかりますね」 花世木は苦笑する。 「どこが雇った鉄砲玉か知らんが、後でたっぷりとりたててやるさ。まさか、王のところが雇った者ではないだろうな」 「あそこの幇には内通者がいますので、あそこに雇われたのならすぐ判ります」 花世木は、しゃがみ込むと死体に被せられたカバーをめくり、覗き込む。 「日本刀か」 「はい、凄まじい切り口です。こんなふうに斬られた死体、始めて見ましたよ」 花世木は立ち上がり、放置されたリムジンを見る。 防弾ガラスが二カ所砕かれていた。 黒服が感心した口調で説明する。 「多分、25ミリのライフル弾ですね」 「ああ?」 花世木は、呆れた声を出す。 「大砲じゃねぇか、それは。対物ライフルかよ」 「バーレットかもしれません」 「馬鹿言え」 花世木は、口を歪める。 「戦争屋、遅いな。所轄には連絡したのか?」 「はい。手だし無用ということで。やつらも命は惜しいですからね。通報があっても工事中ということで片付きます」 「まあ、相手はひとりなんだから、そうそう派手な銃声も爆発音もたたないだろうが」 花世木がそう言い終えたとき、2台の軍用トラックが入ってきた。 トラックからコンバットスーツの男たちが降りてくる。 カラシニコフタイプの自動ライフルを手にしていた。 よく見れば中華製のコピー品であることが判るしろものだ。 「戦争屋のお出ましですか」 黒服の言葉に、花世木は歪んだ笑みで応えた。 男たちが整列た後に、黒のロングコートを身につけたおんなが降りてくる。 狼の鬣のように波打つ黒髪を靡かせたおんなは、アイパッチで片目を覆っていた。 それでもおんなは、とても美しい。 化粧をしているわけでもなく、残った片方の瞳は恐ろしく深い闇を潜ませていたが。 それでも、闇色の光に覆われているような美を放っていた。 「マリア・キルケゴール大佐」 花世木に声をかけられた大佐と呼ばれたおんなは、楽しげに笑ってみせる。 「よう、花世木。おいしい仕事をありがとうよ。ヤクザひとり片付けるだけで2千万なんだろ」 花世木は憮然とした顔になる。 「殺したらペナルティーとして一割もらうぞ」 大佐は喉のおくで、くつくつと笑いながら煙草をくわえる。 「たった2百万だろ。太っ腹だな。一応注意するさ」 「社長が死んだときには、必要経費の精算のみだ」 「ふん。さすがにそれはないな。たかがヤクザひとりが相手だろ」 「嘗めないでくれよ。実戦経験のある特種部隊あがりの傭兵を4人殺している」 大佐は、あはははと笑う。 「おいおい。USAの実戦配備経験があるサラリーマン兵士だろ。あたしたちとそんなのを一緒にしてもらっては困るな」 大佐は獰猛な笑みを見せた。 「あたしたちはね。殺して殺して死体の山を踏み越えてここにいるんだ。戦うことが生きることなんたよ、あたしたちは」 大佐は、ふうっと煙草のけむりを吐き出す。 花世木は、溜息をついた。 大佐は、傍らの痩せた男に声をかける。 「ヴォルグ、どうだ。いたか、ヤクザは」 ヴォルグと呼ばれた男は、赤外線スコープと、ノートパソコンのディスプレイに表示されたソナーの結果を見比べる。 「熱源が二つ。最上階の八階ですね、キルケゴール大佐」 「隣から屋上に行けるか」 「大丈夫ですよ」 「よし、ブリーフィングで確認したプランどおりだな」 大佐は、獲物を前にした虎のように優しく微笑む。 「ユーリの隊と、アレクセイの隊は屋上から。左右に展開して突入」 兵たちが応える。 「了解」 「イワンの隊と、アリョーシャの隊は非常階段を上がって廊下で待機」 「了解」 「ユーリとアレクセイの隊は、アサルトライフルを使うな。トカレフだけで十分だ。ターゲットの武装は日本刀。もしかしたら対物ライフル。まあ、そんなもの屋内ではじゃまになるだけだ。できれば、ターゲットは殺すな」 「了解」 大佐は、手を振り下ろした。 「野郎ども、突入だ。あたしは腹が減っている。さっさと片付けて気前のいい花世木のだんなの金でディナーを食いに行くぞ。王の店で満漢全席だ」 男たちは静かに頷くと、闇のなかへ溶け込んでいった。 「花世木。30分かからんよ。こんな仕事を週一でくれればありがたいね」 花世木は肩を竦める。
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