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作品名:メイドロボット vs ニンジャ 作者:ヒルナギ

最終回   其の十五
彼は久しぶりに、その場所へ帰ってきた。
夕闇のなかに沈みつつあるその建物は、戦場での爆撃を受けたように廃墟と化している。
その、巨大な獣の屍のような建物の残骸は、血のように紅い夕日の下で黒々と横たわっていた。
彼はギターを抱え、苦笑いしながらその廃墟を見つめる。
(派手にやりやがったなあ)
プレスの報道では、ガス漏れによる爆発事故とされていた。
報道といってもごく小さな扱いではあったが。
長らく立入禁止であったこの地区もようやく工事が再開され、彼も入り込むことができた。
その目で見て、彼は確信する。
これは、あの男の仕業であると。
彼に百鬼と名乗ったあの影のような男がやったことに、間違いないと思う。
何故それが報道では事故とされ、最小限の扱いとなっていたかは判らない。
何にしても、もうこの地区に踏み込むものは殆どいなくなった。
彼もこの場所へ来るのは、今日が最後になるだろうと思う。
馴染みの場所で、最後にもう一度歌っておこうと思った。
日が沈み、黒い巨大な屍が闇に飲み込まれていく前で、彼はギターを掻き鳴らす。
気がつくと、その女がいた。
白いロングコートを夕闇の中に、幽鬼のように浮かび上がらせた女。
その目は何かにとり憑かれたように見開かれ、暗黒の太陽がごとき瞳を輝かせながら。
女は彼の歌を聞いていた。
「いい歌ね」
歌い終わった彼に、女は声をかけた。
彼は口の端を歪めてそれに応える。
「つまらない歌だったら、景気づけに撃ち殺していこうと思ったなだけど」
「おいおい」
女はポケットから拳銃をとりだすと、腰のホルスターに納める。
「そんなくだらないことで、ひとを撃つなよ」
「もっとくだらないことで撃ち殺されたひとを知ってるよ」
「誰だよ」
「あたしの家族」
女はにぃっ、と笑って見せた。
「なあんてね」
彼はそっと溜息をつく。
「変な歌詞ね、黒い鳥たちが夜を横切って飛んでいくなんて。あなたが作った歌なの?」
彼は肩を竦める。
「ニール・ヤングも知らねえのかよ」
「うん」
「B52だよ」
女は目で問いかける。
「黒い鳥は、B52だ。世界を焼き尽くす爆弾を搭載した爆撃機が、夜を横切って戦場へ飛んでいくのを見つめている歌さ。世界はゆっくり確実に、破滅の淵へと雪崩落ちてゆく。それをただ見つめて歌うのさ、ヘルプレス、ヘルプレス、ヘルプレス」
女は何か楽しそうに笑い声をあげる。
「今の気分にぴったりだわ」
大きなドイツ車が女の後ろに止まった。
「あたしは、走りつづける。この街が、この国が焔と闇に沈みきるまで」
女はドイツ車に乗り込む。
「縁があったらまた会おうね」
車は走り去った。
彼はギターを担ぎあげる。
そして、闇に飲み込まれてゆくその街を後にした。


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