「おい、どうなっている」 花世木が苛立ちの声を大佐にかける。 「MD1がやられてもう打つ手がないというんじゃないだろうな」 大佐は、凶悪な目で花世木を見る。 花世木は少したじろいだが、その殺気のこもった目を見つめ返す。 「MD1は基本的には時間稼ぎだ。やられる気は無かったのは確かだが。確実性はひとの兵士より薄い。所詮ロボットだからな」 「だったらどうしようと言うんだ」 「もう少し、時間をひきのばせよ。花世木」 「いいかげんに」 その時、2台の黒いワンボックスカーが現場に入り込んできた。 花世木は舌打ちする。 「おい、何事だ」 黒服が、花世木に声をかける。 「王が、来ました。社長が拉致られたのを聞きつけたらしく」 花世木の表情が曇る。 ワンボックスカーから屈強の男たちが降りてきた。 皆、ジャケットを羽織っているが、その下には対刃対弾アーマーを着込んでいるようだ。 腰に大型拳銃とコンバットナイフを提げている。 男たちの後から、長身の男が姿を現す。 ビジネスマンのような七三分けの髪型の似合わない、分厚い身体の持ち主である。 そして表情が豊かな、濃い顔立ちをしていた。 花世木を見つけると、満面の笑みを浮かべる。 「花世木、助けに来たよ、わたしたち」 「王大人」 花世木は苦渋に満ちた顔になったが、王は気にせずにこやかな表情のまま花世木に歩みよる。 大佐たちは、無表情のまま見物するつもりのようだ。 「やっかいな男に狙われたものね。よりによって」 花世木は、眉をあげる。 「やっかいな男? 何かご存知なのですか?」 「もちろんよ。ハンドレッド・デーモン」 大佐の表情が、少し強張る。 王は、大げさに顔をしかめた。 「指輪物語の映画あるよね。あれに出てくる王子が自分の国取り戻すのに、幽鬼の軍勢をひきつれて戻ってくる」 王は、やれやれと首をふる。 「あれみたいな感じよ。ルワンダ、ダルフール。我が国の特殊部隊は何度も酷い目にあったね。まるで。百の幽鬼に襲われたみたいに」 王は、オーバーアクションで語り続ける。 「音も無く忍び寄り、静かに斬る。百もの幽鬼が襲いかかってきたように、兵たちが斬り殺される。わたしたち、こう呼んでたね。百鬼と」 「百鬼」 花世木は、繰り返す。 王は、うんうんと何度も頷いた。 「なぜか、刀というアナクロ武器がすきね、百鬼は。でも、よかったよ。わたしたち、百鬼を追い詰めた」 「追い詰めた?」 花世木は困惑した声を出すが、王はにこやかな笑みでかえす。 「人質をとって立てこもるなんて、馬鹿なことしたものね。幽霊は神出鬼没だから恐ろしいのに。袋の鼠に自分からなってくれれば、恐くないね」 花世木は少し皮肉な笑みを見せた。 「では、王大人なら、その百鬼というテロリストを殺せると」 「もちろんよ、花世木。簡単なことね」 大佐が背後でむっとなるのを感じたが、花世木は気にせず言った。 「どうやるおつもりですか?」 「正面から行けばいいよ、どうか斬らせてくださいねと」 大佐の怒気が殺気に近づいているが、無視することにする。 「斬らせてはくれんでしょう」 「もちろんよ。斬られるのはこっちね。でも、相手はたったひとりで人質いるから逃げれない。日本刀なんて、せいぜい10人斬れば血脂でなまくらになるね。そこをやればいいよ」 さすがに、正気の発言とは思えなかった。 10人差し出して斬らせると言っているのか、この男は、と呆れ顔で花世木は王を見る。 王は気にせず、にいっと笑って背後の男たちを示す。 「15人用意したよ。こいつらを斬らせる。そして、わたし、とどめさすよ」 「本気なのですか、王大人」 「一人二百万で売る。安いね。困ったときお互い様と日本ではいう。いい言葉。だから安くしとく。どうね?」 花世木は、王を睨みつけた。 王は、うふふと笑い返す。 「判りましたが、即金は無理です。支払いに時間をください」 「決まりね。一筆書いて。ここにサインよ」 花世木は、唸る。 手回しがよすぎるし、やることがふざけすぎていた。 しかし、花世木には選択の余地がない。 花世木は差し出された紙にサインした。 「ありがとう、花世木。では行ってくるね。これは大変なチャンスね。百鬼を殺したとなれば、懸賞金でるよ、国から」 あははと笑いながら、王は自分自身も鞘に納まった長剣を手に取ると、建物へ向かう。 15人の男たちがそれに続く。 大佐は肩を竦めた。 「あの馬鹿、斬られるぞ」 ロシア語でヴォルグに囁きかける。 ヴォルグは苦笑した。 「いいじゃないですか。少しでも弱めておいてもらいましょう。ボカノウスキーたちがつく前に」 大佐は鼻をならす。
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