僕は水無元さんの手を掴むと。 走った、走った。 足が痛いけれど。 叫びながら走る。水無元さんのあえぎが耳元で。少し心が痛い。 おん、と。 無言の叫びが。 恐怖の津波が。 背後から押し寄せる。 僕は肩越しに後ろを少し見た。 鬼火のように。 目が月明かりに輝いて。 ぎこちない舞踏のように身を揺らせながら。ひとびとは僕らに向かって迫ってくる。 それは具現化した恐怖の波だった。 僕はそれに戦慄を感じながらも、魅了される。あれは僕の世界。僕の属する場所。 そっちじゃあない。 おまえのいる場所は、こちら側だと。 呼ばれている。 「振り向かないで」 君は彼は、そう叫ぶと。 僕らの頭越しになにかを放り投げる。 一瞬、背中が真昼のような光に照らされた。 そして、轟音が落ちてくる。 僕らはようやく君の彼のそばへ着く。 「僕の後ろへ、スタングレネードで一瞬は動きがとまるけど、ほんの少しの時間稼ぎだ」 「あの、君って僕?」 僕のへんな質問にゴーグルの君は頷く。 「量産型N2シリーズだ、僕は」 君、量産型N2は真っ白な拳銃をぬく。 そう、それは。 エレファントキラー。 猛獣狩りのライフル弾を撃つ拳銃。 光と轟音が消えると。 彼らはまたぎこちなく走りだす。 君は撃った。 落雷のような、ほとんど物理的な力で頭をぶん殴られるくらいの轟音が。 鳴り響く。 その圧倒的パワーは死神の振るう鎌のように。 殺戮の天使が薙ぐ剣のように。 ゾンビたちを打倒した。 僕はその力に陶酔し。 知らないうちに勃起していた。 量産型N2は、トリッガーガードのレバーを操作して、銃身を折り空薬莢を捨てる。 同時にスピードロッダーを使って375H&H彈を5発装填し、銃身を戻す。 それを、君はコンマ数秒でやってのける。フィルムの早回しみたいだし、手品のようだ。 再び、エレファントキラーは象をも殺すという凶悪な銃弾を吐き出す。 5発を撃ったはずなのに、銃声はひとつにしか聞こえない。一度だけの獰猛な雷鳴。 エレファントキラーは凄まじい力をゾンビたちに振るう。 銃弾は身体の一部を鷲掴みにしてもぎとっていくかのようだ。 頭にあたれば、頭ごと消失し、胸にあたれば、胸が吹き飛ぶ。胴にあたれば、胴が引きちぎれ、手足にあたれば、手足がもがれる。 君は、立て続けにエレファントキラーを撃ち、装填する。 マシンガンを撃っているように銃弾が途切れることはない。 おそらく、エレファントキラーの反動は凄まじいものがあるはずなのに。 量産型N2は、僕と同じ華奢な手で恐竜のようなパワーを持つ銃を操っている。 エレファントキラーは、君の手の中で死の歌をうたい、破滅の舞踏を踊っていた。 君はただ。 そのサイクロンのように暴れ狂う力の中心にいて。 死の矢を放ち続けるだけだ。 僕も。水無元さんも。 ただ呆然とつったって、その異様な殺戮を眺めていた。 ゾンビと化した街のひとたちは。 身体をめちゃくちゃに蹂躙されたというのに。 動き続ける。 頭を失っても。 這い回る。 彼らは死者であって死者ではなく、生者であって生者ではない。 動く恐怖。 僕と同類。 あるいは僕の一部。 あっという間に。 夜の街路は、破壊された動く死体で埋めつくされる。 やがて、二本足で立っているものはいなくなった。 「行こうか」 君は。 量産型N2は。 僕等を促し歩き始める。 「ねえ、量産型N2」 僕は君を追いながら、尋ねる。 「何があったんだよ、一体」 「2300時にT.ウィルスが月見ヶ原一体に散布された」 「何そのT.ウィルスって」 君は。 天気の話をするみたいに穏やかに語る。 「ひとをゾンビ化するウィルスだよ」 げっ。 げげっ。 「じゃあ、僕もゾンビになっちゃうの」 「君はN2シリーズのオリジナルだ。抗体を持っている」 「じゃあさ、じゃあさ」 水無元さんを見る。 水無元さんは月の光の下。妖精みたいに可憐だけれど。 死体みたいに蒼褪めていた。 「水無元さんはどうなの」 「彼女のことは知らない。でもたまにT.ウィルスに感染しないひともいるみたいだ」 そんな偶然ありかよ。 とか思う。 でも、考えてみたってしかたない。 現実を、 それがどんなにでたらめであっても。 とりあえず、受け入れるしか。 「ついた、ここだ」 君は、月見ヶ原にある地下鉄の入口を指さす。
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