僕と水無元さんが広間に入ったとき。 黒衣の女が全裸のおんなを抱きかええて、その首筋へ口づけをしているところだった。 それを見た水無元さんが、悲鳴をあげる。 広間の空気に亀裂を打ち込むような。 そんな悲鳴だった。 黒い男や女たちは。 一斉に僕等のほうを見る。 慌てて僕は、水無元さんの口元を手で押さえたのだけれど、手遅れだった。 僕らは広間じゅうの注目を浴びている。 魔物のように口の両端をつりあげて笑う。 初老の男が僕たちを見て一礼をする。 「これは、ようこそ。ホテル・カリフォルニアへ」 黒い男や女が。 僕たちのほうへ近づいてくる。 獲物を見つけた肉食獣が、包囲の輪を閉ざそうとするかのように。 僕は水無元さんの前に立って、庇おうとするけれど。 それにほとんど意味が無いことは、判っていた。 彼らはひとではない。 恐怖。 それは黒く闇そのもののような恐怖であり。 僕の心臓を凍った手で握りつぶしてゆく。 ああ、ここでも。僕は自分の世界が外に漏れ出していくのを見ることになるなんて。 黒豹が獲物を襲うように、優雅なそして獰猛な動きで。黒い男が僕等の前に跳躍する。 僕は。 自分の首が喰いちぎられ、血を迸らせるのを見るはずだった。 けれども。 その瞬間響きわたったのは、神が震う鉄槌のような轟音。 そう、エレファントキラーの銃声だった。 僕の前には、君がいる。 純白の巨大な拳銃をかまえた。 思った以上に華奢な(いや、僕と同じ体格なんだろうけれど)、少女のように儚げな。 君、プロトワンがいた。 黒い男は顔面の半分を吹き飛ばされ。 血と脳漿を撒き散らしながらも。さらに平然と飛びかかってくる。 君は撃つ。さらに撃つ。 僕に向かって伸ばされた手が吹き飛んだ。そして、その胸に銃弾は穴を穿ってゆく。 黒い男は身体を分断され地に堕ちる。 ああ。 恐怖と陶酔と快楽が交互に僕へ襲いかかり。 僕の足はがくがくと震えていた。 瞬時に銃身を折って君は、375ホーランド&ホーランドマグナムを装填する。 黒い女が。男が。次々に襲いかかってくるのを。 見えない壁があるみたいに。 君は正確に撃ち殺してゆく。頭を撃ち抜き、腕を足を吹き飛ばし、胴を引きちぎり。 黒い男や女は、半分に身体を千切られてもさらに、牙を剥き出して。 咆哮する。 叫ぶ。 呪いの歌を。夜の歌を。闇の歌を。 君の撃つ銃弾は、その歌を切り裂き破壊し、真っ赤な血に染め上げてゆく。 僕等の足元の床は、真紅のカーペットを敷いたように赤い海に沈んでいた。 「危ない!」 水無元さんが、叫ぶ。 君の背後から忍びよった黒い女が飛びかかる。 君の右手は、正面からくる黒い男女に向けて撃たれていたので、背後へ向けることはできない。 女の赤い唇は少女のように薔薇色に染まった君の頬にせまる。 けれども。 黒い女は、巨大な鉄槌で吹き飛ばされたように、後ろに倒れる。 君は左手に。 もう一丁の白い拳銃を抜いていた。 硝煙を吐き出すその拳銃は。 さらに銃弾を女に向かって吐き出す。 女が真紅の挽肉になるまで。 君は二丁の拳銃を前に向けた。 立て続けに撃ちまくる。 そして。 銃身が反動の力で宙にあるうちに、片手で銃身を折り畳みスピードロッダーを使って銃弾を片手で装填する。 まるで、拳銃が自らの意思で中空に留まっているような。 僕はジャグリングを見ているみたいだった。 エレファントキラーは死と破壊を吐き出しつづける。 双頭の白い龍みたいな拳銃は、運命の咆哮を振り絞りつづけた。 金色の空きカートリッジが雨のように真紅に濡れた床へ降り注いでゆき。 黒い男や女は死の舞踏を踊りつづける。 彼らは逃れるなど考えることもなく。 闇色の怒りを滲まして飛びかかってくる。 エレファントキラーは自身の反動で宙を舞い。 君は。 少女のように嫋やかな手でその凶暴な力の奔流を操る。 僕は、君の口が動いているのを見た。 君の。 薔薇色の唇は、そっと囁いていた。 それは。 恐怖を。 「怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。 怖い。怖い。 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。 怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
怖い」 突然。 黒いナイトドレスの女が。 僕と水無元さんの前に立つ。 ああ、それは。 なんて美しく、なんて哀しい。真夜中に飛び立つ漆黒のワイルドスワンのように。 目を見開いて。 そして、水無元さんも目を見開いて。 言葉を無くして立ち尽くしていた。 黒い、男や女もナイトドレスの女には近寄らなかったので。 その空間はまるで。 嵐の中に一瞬訪れた静寂みたいに、時を凍り付かせた。
|
|