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天使の翼
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第6回
6
坊主頭の少年が静かにブランコに揺られている。その側に佇みながら、今更ながらに自分の浅はかさを悔いていた。ラファエルがあれ程きつく注意を促した理由が今なら分かる。自分のしていることなど何の意味もない事なのだ。ただの自己満足の強欲でしかない。 ふわりと空気が動くのが感じられた。 「どう?まだ霊でいたい?」と背後から声がした。振り返るとそこにはラファエルが腕組をして立っていた。 薄布を何枚も重ねた服ではなく、紺にえんじ色ピンストライプのブレザーにネクタイ姿だ。その幼さからどこかの制服の様にも感じられる。 「ラファエル・・・」と名は呼んだが自分が何を言いたいのか分からなかった。あまりにも言いたいことがたくさんありすぎて、何から話しをすればいいのか分からなくなったのだ。そして、今一番会いたいと思っていたその人から、自分のもとへ訪ねて来てくれたことに感謝した。 アメジストの瞳が冷たく征司を見上げている。征司は俯いて呟いた。 「何も出来ないのか」 「何も出来ないよ、そう言ったじゃない」 「何か方法はないのか!何かぼくに出来ることはないのか!」 抱えきれない虚しさをラフェルにぶつける。そんな事は意味のないことだと分かってはいたが。 ラファエルは汲んだ腕をほどいて、紺色の髪を掻き乱す。 「だから言ったじゃない。何も出来ないって」 それから征司へ人差し指を突き付け「キミが何を見て、何を思ったかは、まぁ想像がつくけど、はっきり言って、キミにどうにか出来るなんて思い上がりもいいとこだね」と言った。 その言葉は深く征司の胸に突き刺さる。思い上がりという単語が何度も波の様に襲いかかる。 「キミは何人かのあまり幸福とは言えない人を見たかもしれない。でもそんなのはこの世界のほんの一部さ。世界中にはキミが見たよりもっと不幸な人はたくさんいるよ。キミはその全員を助けられるとでも思ってるのかい?」 正論である。ここでブランコに揺られている少年を例え救う事が出来たとしてもそれは自己満足でしかない。自分が見ている世界など、ほんの一部にしか過ぎないのだから。 「それでも」と征司は掠れた声を出した。 「それでも、僕に何か一つでも出来ることがあるなら」 「だからそれが思い上がりだって。キミに出来ることは見守るだけ。それで満足した方がいいよ。ほら、こうしてこの子をキミが見守っているだけでも、自己満足には十分でしょ」 ラファエルは冷ややかな視線で冷笑を浮かべた。それは心まで凍る程の冷たさを持って征司に浴びせられた。 征司はきつく下唇を噛みしめた。それから一度目を閉じ、覚悟を決めてラファエルの紫眼を正面から見据える。 「自己満足でいい。自己満足したいから、力が欲しい」 さも呆れたと言った風情で肩を上下すると、今度は腰に両手をあて、征司を見上げて「これ以上後悔がしたいの?」と言った。 「例えばキミかがこの少年を助けたとする。するとまた他の不幸な人も助けたいと思う。するとまたまた他の人も助けたくなる。キミは神様にでもなったつもりかい?」 征司は握りしめた拳を震わせながら、「神様なんかじゃなくていいんだ。たった一人でもいい。僕に何か出来ることがあるなら、こんな僕でも誰かの役にたてるなら、何も出来ないよりは、後悔しても構わない」 それから、おもむろにラファエルの細い肩を両手で掴み「もう後悔なら十分したよ!なにもせずに後悔するなら、何かして後悔するほうがずっといいんだ!」と叫んだ。 征司がいくら叫ぼうとも、ブランコに揺られる少年は何事もないように無表情でいる。 肩を揺すられるままにされていたラファエルがその手を肩からそっと離す。 「キミみたいな強情な人は久しぶりに見たよ。後悔したいだけすればいいさ」と言いざまにラファエルの背中からバサリと二枚の翼が現れた。それはとても美しく、優雅で日の光に煌いていた。征司はその様にしばし激情を忘れ見とれた。 ラファエルは両手を胸の前で合わせ、「キミにも翼をあげるよ。キミが生きるはずだった分の翼をね。何か叶えたいものがあるのなら、その命を削ってキミの翼の羽を使えばいい」といって呪文のような言葉を詠唱し始めた。言葉は高くなり低くなり征司を取り囲み、その足もとから光が湧き上がってくる。と同時に背中に違和感を覚えた。肩甲骨の辺りがむず痒い。それは光が強くなるのに鼓動して痛みへと変わっていく。征司はあまりの激痛に喉の奥でぐぅと声にならない叫びをあげた。背中から隆起してくるものを感じる。自分の肩を掻き抱いて痛みに耐える。しゃがみ込んでしまった征司の周りに光が満ちている。征司は眩しさと痛みで目を開けていることすらできなかった。 「くれぐれも使いすぎないように。羽が無くなるとキミの魂も消えてしまうからね。もうぼくにも助けることは出来ないよ」 憐れみすら感じられる声が痛む背中に降りかかってくる。足元の光が除々に薄くなっていく。征司はまだ痛む背中を肩越しに触ってみる。そこには確かに羽毛に似た翼の感触があった。背中を振りかって見ると、ラファエル程の大きさはないが、ちゃんと二枚の翼がその背に生えていた。 ラファエルはバサリと自分の翼を一振りすると、征司より高い位置まで上昇した。アメジストの目を半眼にし「ふぅん、人にしては立派な翼じゃない。精々自己満足に勤しむがいいさ」と言って、そのまま太陽へ向かって飛び立った。日の光のなかに溶け込むようにその姿が消えるのを征司は涙を流しながら見送った。態度は不遜で横柄だが、あの天使は誰よりも人間を理解しているのかもしれない。理解しているからこそ、こんなにも我儘に付き合ってくれているのだ。感謝の気持ちが溢れて涙となって流れる。しかしその滴が地面へ滴ることはなかった。
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