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作品名:天使の翼 作者:光牙

第2回   2
目がくらむような光が除々に薄くなって行くと、視界も開けてきた。その目に映ってくるのは地下鉄のホームのように感じる。しかし目線がかなり高い。まるで宙に浮いているような目線だ。
注意を下に向けると人々がざわめき、泣いている女性や逃げるように走って行く人などが見えた。このホームには見覚えがある。毎日征司が通勤で乗り換えていた駅だ。電車が中途半端な所で止まっている。辺りは騒然となり、駅職員などが右往左往している。
征司はそれ以上見ていることが出来なかった。これは自分がホームに落ちたために起こった惨劇なのだろう。電車に轢かれた人間がどんなに無残な姿になるかは知っている。ましてや自分のそれなど見たくもない。
息苦しさを感じて征司は階段へと意識を向けた。進みたいと思う方向へ自由に進める。これが霊と言うことか。まるでマンガに出てくる幽体離脱のようだ。階段を上へと進み、外に出た。救急車のサイレンが遠くから近付いてくる。遣り切れない思いを抱えたまま空を高く高く昇って行く。自分は本当に死んでしまったのだ。霊になっても涙は流れるのかと思った。頬を伝う滴の感触は生きている時のそれと何も変わらない。しかし、もう誰の目に触れることもなく、こうして宙を彷徨う存在でしかないのだ。
しばらく呆然としていたが、自分が何故霊になることを選んだかを思い出した。両親はそろそろ警察から息子の死を告げられただろうか。久しく会っていない両親の顔を思い浮かべながら、実家のある方向へと意識を向けた。天の高見から見る町並みはまるで箱庭にようだ。まさかこんな所から見られているとは思ってもいないだろう。人々が個々の目的を抱え、町の中を移動している。まるで蟻の行列のようだ。
見慣れた風景も空から見るとまた違って見える。自分の家はこんなにも小さかったのかと改めて実感した。縦横に伸びる道にそって四角く区切られた空間にぎっしりと家が建っている。新興住宅地の典型的な風景だ。ネットで航空写真を見たのと同じだなとつまらぬ事を考えた。
実家の前についたものの、その扉は閉ざされていた。どうしたものかとしばし考える。そっとドアノブに触れてみるが、なんの抵抗もなく通り抜けてしまった。これでは扉が開けられないではないか。と思案したが、その馬鹿らしさにすぐに気が付いた。手を扉に近づけてみる。やはりなんの抵抗もなく手は扉の向こうに吸い込まれていく。征二は思わず苦笑いする。ラファエルの言葉が脳を掠めた。ただ見守るだけ。それしか出来ないのだ。呼吸を整えて、扉へと一歩を踏み出した。身体は当たり前のように扉を通り抜けた。振り返って閉じたままの扉を見、ため息をつく。あまりにも馬鹿らしくてここまで来るとため息しか出てこない。
そのままリビングへ入って行く。母親はソファに座りこんで泣いていた。もう警察から息子の死を聞いたのだろう。母親の泣いている姿を見るのは久しぶりだ。まだ学生だった頃に窃盗で警察のお世話になったときもこんな風に泣いていた。母親に近づいて肩の辺りに手を置いてみるが、やはりそれは通り過ぎてしまった。
父親はリビングの隅にある電話で何度も電話を掛けては次へと繰り返していた。親戚や葬儀屋などに連絡を入れているのだろう。征司の死を告げる度につらそうに額に手を当てていた。見てはいけないものを見ている気がして、以前自室としていた部屋に向かった。馬鹿正直に階段を上ってから、屋根も天井も関係ないのだと思いだした。でも自分にはこうするのが似合っている気がした。まだしばらくは生きている人のように振舞いたい。


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